天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

ニガウリなどなど

猫目石家では、ばぁさんの数十年来の友人に教わって、最近にがうりのメニューが多くなりました。なかでも、にがうり+ニンニクの芽+豚肉の焼うどんは絶品です。他には、ニガウリの全てを余すところなく使う、味噌汁。中の白いところやタネも味噌汁に入れます。これがなんともおいしいのです。

酷暑の夏のスタミナ源といいましょうか。われわれ、昨日はニガウリの焼うどん、本日はニガウリの味噌汁とニガウリづくしですね。

ニガウリの焼うどんの仕上げに、沖縄の調味料、コーレーグースを一振りすると、おいしさが引き立ちます。

オイスターソースも無添加のものを。他のメーカーもありますが、徳島の光食品の製品が買いやすいかも。個人には売ってくれないのですが、ネットでは買えますよ。

hikarishokuhin.co.jp

 

猫目石家でも、以前は光のオイスターソースを使ってましたが、今は東都生協さんで別会社の無添加オイスターを買っています。オイスターソースが人工的な味だと、殺してしまいますね、お味を。

 われわれの以前からのお気に入り、ジンジャーエールです。これは本当においしい。騙されたと思って、一度飲んでみていはいかがですか?

 

最近は昔の調理法をくつがえすような方法が主流となってきているようですね。炒め物は強火で!は過去のお話。今は最初に油を温めることもしません。温まっていないフライパンに材料を入れ、油をふりかけて炒め始めます。

炒めたら、頻繁にかきまぜない。じっとみていて、たまにかき混ぜるのが良いのだそうです。この方法でやったところ、以前よりも炒め物が美味しく仕上がるような気がしています。キッチンの壁もそれほど油が飛ばず、掃除が楽。われわれにとっては、嬉しい方法ですね。

揚げ物も、低温でじっくりあげるのが良いようですよ。うちは揚げ物は滅多にやりませんの。ばぁさん、油がもったいないと言いましてね。

 

他に、肉には塩麹を絡ませておいておきます。なんだか肉特有の匂いが消えて、しかも柔らかくなるような気がしてます。われわれにとっては、欠かせない調味料ですよ。猫目石家では、下記の塩麹を使用しております。

 

ニガウリの味噌汁ですが、体に苦味が染み渡ります。ニガウリの白いところって、ちょっとぬめっとしているんですね。タネの歯ざわりもよろしいです。

 

生と死の間にて

猫目石家では、昨日亡き父のために、線香をあげました。本当は22日の月命日にあげたかったのですが、先月は梅雨が続き、窓を開ければ湿気が山のように入ってくるため断念。梅雨明けにずれこみました。

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実は、ばぁさんまた夢か幻かわからない体験をいたしました。一昨日、施設高齢母の見舞いに行く前、ついつい寝過ごしてしまったところ、亡き父が若くなり、以前の住まい(取り壊して今はありません)に戻ってきた夢をみたそうでございます。父は若返って、太陽の光を受けて輝いた感じで、薄茶色と白のチェックのスーツを着て、家に入ってきたのですが・・・その後畳の部屋に入って、いびきをかいて寝込んでいたそうでございます。

「お父さんは死んだはずなのに、おかしい」と母と語っていたのだそうです。これは何を意味するのかわかりませんが、とりあえずお盆が近いということで、戻ってきたのやもしれません。

おそらく父は取り壊した家に戻りたかったのでしょうね。仕事を続けるだけ続けたかったのだと思われます。亡くなる前に、「ここには(都下某所)来たくはなかった」とよく言っていました。残された道は、死ぬことしかなかったのでしょうね。

そういうこともありまして、父の納骨は西の方向と決めております。色々と探し回りましたが、高野山が良いのではないかという結論に達しました。

 

母の件。施設の職員さんのお話によれば、現在経過観察中なのだそうです。食事の前になると、疲れると訴えることがあるようです。食事は全部平らげても、体調が悪い時がある。何事もなければよいのですが・・・

われわれが訪れたときにも、食欲はありましたが、何か考えているような雰囲気でした。自重していると言っておりました。

 

父の予告は100%に近く現実化しております。気のせいだと思い続けておりましたが・・・ここにきて、従わなければ無理にでも軌道修正されると感じています。ばぁさん、先月目を悪くしたことで、治っているかどうか確かめるために、別の先生のところに行ってまいりました。まばたきするとちくちくするといった症状がありましたのでね〜

 

父は「別に行かなくてもいいんだけど〜」と言いつつ笑い声をたてておりました。しかし、素人のわれわれはいちお、原因究明のため、近所の新たなドクターのところに伺いました。まばたきするとちくちくする時がある=単なる角膜の外傷でございました。結膜炎は完治しておりました。

ただし、右目には軽い白内障がでてきているようでございます。これはもう老化ということで、仕方がないですよね。

 

とりあえず痛みに関しては心配することはない。しかし、検査は受けておいた方が良いとのこと。(亡き父のささやきによる)先日の眼科には半年に一度ほどは伺うことにいたしました。診察はスピーディでなかなかよかったです。亡き父の進言どおり、行かなくても治ったのでしょうね。先生のお話によれば「勝手に目が修復している」とのこと。また、亡き父は「この先生が良いよ」とアドバイスまでしてくれています。

 

亡き父のささやき、ここまで的中するとある意味怖いですよ。

 

仕事に関しても、本当に当たっていて、びっくり仰天です。猫目石家では、労働は除外です。加えて、普通のお家のように、準備や策略はわれわれには不向きのようです。一生懸命やればやるほど、うまくいきません。運を天に任せて、直感を頼りにするのが向いています!

 

こーいう星の元に生まれたのでしょうな・・・いい加減な猫目石家の面々、今はどういう風の吹き回しか、昔手がけていた仕事を片付けております。何者かに押されるようにして動いているわれわれ、一体どうなるでしょうな??

峰村澄子作品展Ⅸ

7月21日、東京文化会館小ホールで催されました、作曲家峰村澄子先生の作品展を拝聴してきました。↓ ↓

kawai-kmf.com

 

峰村先生とは、国際ピアノデュオ協会を通してのご縁です。今年から猫目石家はデュオ協会会員になったことにより、先生の作品に興味をもちました。

曲はいわゆる現代音楽の位置付けですが、前衛音楽ではありませんので、人によっては聴きやすいかもしれません。

雅楽の手法が全面に押し出されていました。トレモロ(バッテリー=2音を交互に奏するトレモロ)、グリッサンドアルペジオ多く、誰しもが耳についたことでしょう。フィンランドの作曲家サーリアホ女史もゆっくりとしたトレモロを多用なさる方ですが、使い方が全く違いました。峰村先生の曲において、トレモロ雅楽の揺りという表現法に当たるもの。一種のビブラートと言えましょう。

猫目石一家では、偶然にも日本的な素材で曲を書こうと意気込んでいた時でしたので、さまざまな面で、勉強になりました。当日、あまり眠れずふらふらしていたこと、蒸し暑く、加えて上野は人が多すぎるほど多く、気が遠くなりそうでしたが、無理を押して演奏会に伺ってよかったです。このような体調の中、最後2曲は集中力が削がれて、よく聴けませんでした。しかし、他の曲に、得るものが大きかったので良しとしましょう。

 

全体を通して、時間の流れが違っているように感じました。時の迷路にまぎれこんでしまったような感覚です。古の時代の時間感覚は、現代の時の感覚とは違っていたようにも思いました。われわれが今までに居たことのない空間に放り込まれて、一瞬とまどいましたが、聴いているうちに心地よく受け入れることができてきました。

 

他には・・日本語の言い回しが、音楽として表現されていたように思います。日本語は結論を後回しにしたり、断定を避けようとしたり、白黒はっきりつけないような言い回しをします。欧米の曲であれば、まずテーマがあって(結論を先に言う)展開に入っていきます。こういう音楽の作りに慣れてきたわれわれには、全く違うタイプの音楽だと感じられました。全曲がこのような作りではありませんが・・・

おそらく、時間を経て、このような手法に到達されたのだと思われます。

 

猫目石一家が気に入った曲は、作曲年代が新しい曲。2018年に初演された、月詠 2本のファゴットのための小組曲です。

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2本のファゴットのための小組曲河合楽器の梶村氏と元スタインウェイの後藤氏の演奏でした。バスーンが尺八のような響きを連想させつつ、西洋風の音階を奏でたりと、なかなか面白い曲でした。私は最終楽章が気に入りました。竹やぶを歩いているような雰囲気で、どこからか鳥の声(トレモロ)が聞こえてくる。そんな曲ではないかと勝手に思いました。われわれ、パンフレットをみてから、聴くことはほとんどありません。ですから、作曲家の意図するところは全く違うものであるかもしれませんね。欲を言えば、特殊奏法が入っていればわれわれの妄想はもっと膨らんだかもしれません。

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月詠歌 音の絵と表現すればよろしいでしょうか?音の絵の具による曲。そんな印象です。この絵画がわれわれに無言で語りかけてくるのです。特別に説明がなくても、多くの方が作曲家の描いた風景を感じることができたのではないでしょうか?演奏もよく、疲れているわれわれにも安らぎを与えてくれる音楽でした。堀江真理子さんと河内純さんのピアノデュオでしたが、お二人の息もぴったりでした。

 

他には、わらべ歌によるファンタジアという楽曲。

わらべ歌の自由な変奏でした。変奏というと、西洋風の楽曲を思い浮かべる方もいますが、独自のスタンスにたって展開されていました。日本人が西洋の語法を使って書いたという印象は受けませんでした。譜面を見てませんので、間違っているかもしれませんけれどね。

 

それから音楽とは別の件。峰村先生が今年で78歳にもなられることを初めて知りました。現役で創作活動を続けておられることは、喜ばしいです。猫目石のばぁさんなどまだ60代。この歳でめげてはいけませんな・・・曲を拝聴しまして、ご自身に厳しく、前向きであることを感じました。猫目石一家も大いに見習わなければならないと思いました。そのせいか、ばぁさんは演奏会以来、雑用をテキパキと片付け、早めに寝るようにしております。時間を作り出す必要があると思ったようですよ。限られた時間をいかに濃密に過ごすか、これが猫目石家の今一番の課題ですな・・・

 

お盆近し

16日に、猫目石家の高齢母が一時的に意識を失ったようです。その日はお風呂に入れてもらい、続けて髪の毛のカットをしてもらったことで、疲れていたのかもしれません。夕食のときに、意識を失ったと、伺いました。往診してもらったのですが、医師の診断では異常なし

夕ご飯は、診察をしてもらってから、8割がた食べたので、食欲に関しては正常なのですね。

91歳といえば超高齢者ですから、生きているだけでも不思議です。何があったとしてもおかしくはありませんので、われわれは覚悟しております。

ちょうど高齢母の倒れた日に、猫目石のばぁさんが「明日いきます」と施設に連絡をいれておりました。連絡は母の耳に入っていたらしく、どこかに安心感があったのやもしれませんね。母が以前自宅にいたときにも、猫目石一家が訪問いたしますと、食事中に倒れたりすることが多々ありましたね・・・その都度、かかりつけ医の先生を呼んでは、往診してもらっておりました。その節は、薬をいただいておりました。

今回は薬はなしとのお話。自宅にいたときとは、原因が違うのかもしれません。

 

それよりも・・・猫目石一家では、亡き父の(金平にとっては義理父)ささやきが頭に浮かんだのです。(下記リンク先を読んでください)亡き父は下記のような、メッセージを送ってきました。

 

>>施設から少し離れた山道を歩いていましたら、後ろから、「あと15回くらいで終わりだよ。」と声がしました。聞き間違いかもしれません。

 

mizuki-shiro.hatenablog.com

猫目石家では、カレンダーを出して数えてみたところ、16日=15回まではいってないものの、近いと感じました。亡き父はわれわれに「高齢母の見舞いを第一に考え、ほかのことは二の次にしてくれ。食べられるときに食べさせてやってくれ。」と告げておりましたね。これは高齢母にも伝えてあります。

母は、父が存命中は不平不満の権化でしたが、今は、「パパさんがいったことに反対すると決してうまくいかなかった」と言っては、誉めそやしております。

15回ほどしたら何があるかはわかりませんが・・・事実を事実として受け止めることが大切だと思っております。

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ところで、本日再び、猫目石家に不思議な?出来事がありました。

「楽になりなさい・・」と亡き父がわれわれにメッセージを送ってきました。猫目石のばぁさんによれば、「思い当たるフシがたくさんある。不思議なことに、亡くなった父の思いと(遺言的なこと)逆のことをやれば、体調壊したりするし、堂々巡りになってるよ。間違った方向に進めば、気づかせてくれて軌道修正することになる。」と話しております。

金平も、「一人SMやめろ」ってことだよと思いました。一人SMって、勝手にバチーンバチーンって自分で自分をいじめることですよ。好きなときに好きなものを食べて、義理母のところにいったら勝手に木登りして、大暴れてしても、誰も怒らないんですよ。今までは、親戚が怒りにくると決めつけていたんです。

われわれ、勝手な思い込みをやめることにしましたぞ!!

 

そういえば、お盆でしたね。新盆(2017年8月)から亡き父のお告げが始まったのです。そろそろ月命日も近いですので、スイカを用意いたしました。亡き父はスイカが大好きでしたのでね。夏はスイカがかかせませんわ。

 

追記:施設からお便りがきまして、高齢母は意識を失った時に、胸の痛みを訴えたそうです。

 

ショパン「幻想即興曲」再現部とコーダ〜ピアノ曲 楽曲分析〜

mizuki-shiro.hatenablog.com

前回は、トリオ(上記のリンク)を分析いたしました。今回は再現部とコーダです。

再現部の2/3は提示部の繰り返しとなりますので、先に分析いたしました提示部のリンクを以下に貼って置きます。

mizuki-shiro.hatenablog.com

 

 

さて、再現部の終わりから、コーダにかけては、面白い展開がなされています。聴き流し、弾き流しているだけでは気づかない部分があります。統一材料である、属音と主音の関係オクターブ刺繍音的音型をみつめれば、タイトルの「幻想」とは別の世界を発見することができるでしょう。

再現部終わり(コーダへの接続)

接続1

 下記譜例14、3小節目からコーダへの接続が始まります。

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コーダへの接続1〜譜例14〜

赤の四角で囲んだ音、属音と主音(序奏と同じ音)が中心となり、展開されます。このあたりはパイプオルガンの響きのようにも感じます。オクターブ刺繍的倚音(2度)などの混沌の中で、暗闇の漁火のように、連打を含む音型が浮かび上がります。

詳細は下記譜例15をみてください。

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譜例14詳細〜譜例15〜

 譜例15譜例14の主となる音を提示したものです。つまり、属音-主音が鳴り響く中で、上声部のe-e-d-d-cisが、縮小模倣されつつ、(赤い点線の囲み)漁火のようにぽつぽつと浮かび上がるのです。

接続2

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接続2〜譜例16〜

接続1とは方法は違うものの、主張は変わりません。属音-主音は形を変えつつ、コーダまで持続します。特筆すべきは、e-cisの音型(オレンジ色で囲んだ音)です。2オクターブ下で模倣しあっていますが、やがて低音域にのみになり、コーダ前には、属音と主音の音型に打ち消されてしまいます。

こちらでは、下記譜例(トリオで提示)にあるような音列、音型がたくさん見受けられます。ショパンはバッハの作品に、学んだところも大きいのではないでしょうか?

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コーダ

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コーダ〜譜例17〜

コーダは同主調のcis-durに転調します。見ての通り、属音と主音の関係が主流をなしております。提示部でも記しました、オクターブ刺繍音的な音の使い方(黄緑色で囲んだ音)最後まで貫かれております。

音源


Katsaris Chopin Masterclass Vol.3 Fantaisie-Impromptu

 

 今回はカツァリス 氏の公開レッスンの模様を貼り付けました。オクターブを意識せよとの助言(メロディだけを響かせるのではない)が印象に残りました。何度も記しましたように、この楽曲は、オクターブが重要な材料の一つとなっているからです。

 

次回はベートーベンの月光ソナタか、ショパンの他の楽曲にアプローチする予定です。

 

ワンポイント無料レッスンなど 

分析への質問、その他音楽の質問、ワンポイント無料レッスンを受けつけています。詳細は以下のリンクから問い合わせてください。リアルタイムでのレッスンからは撤退しております。思うところあり、無料で質問にお答えする方法は継続しますので、ご遠慮なくどうぞ。

astro-music.link

 

手作り味噌約三ヶ月後&りんごのぬか漬け

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4月の中旬頃に仕込んだ味噌、どうなっているのか心配になってきました。突然思い立って、蓋をあけました。

下の写真が先ほど蓋を開けたところです。

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初の手作り味噌約三ヶ月後

白いのは敷き詰めた酒粕です。真ん中の丸い輪は、重石のお皿の跡です。お皿の跡に、茶色い液がしみ上がってきているのは、たまりです。味噌が順調に発酵してきている証拠なのだそうです。

下のほう、ぐしゃっとなっているのは、わたくし金平がスプーンをつっこんで、中の味噌を確認したときにできた名残でございます。

酒粕も発酵しているようで、よくみると白い点がみえました。これもおいしそうですね。猫目石一家にとっては、宝物でございますよ。

 

で、下記は金平が中の味噌を確認し、スプーンでひとすくいして、お皿に乗せたときのお写真でございます。

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手作り味噌 ひとすくい

多少、酒粕も含まれておるようでございますが、間違いなく味噌の色をしております。われわれ、早々に味見してみました。まだ熟れつくしてはおりませんが、香りが良いです。きゅうりにでもつけて食べてみたい味ですね。これに日本酒でもあれば、最高ですわね。

 

ところで、味噌作りをしておられる方、梅雨時はカビが心配だとネットでも書かれています。猫目石家の味噌は、今のところカビらしきものは一切見当たらず、良い感じです。酒粕の類い稀なる力に、改めて感動いたしました。この味噌を差し上げる約束、第一段階を突破したことでホッと胸をなでおろしておる、ばぁさんでございます。

様子見後、金平がスプーンを入れた場所に酒粕を補充し、再び重石を置き、厳重にラップを貼り付け、新聞紙でくるみました。実に清々しい気持ちでございます。

 

作業を進めつつ、われわれはなんとこまめな一族なのだろうと思いました。ついでに糠味噌漬けも行いました。過去記事にも記しましたように、干し野菜を漬けておるのでございます。大根、人参、最近はキュウリも参戦いたしております。干していない野菜は物足らなくなってきつつあり、あまりの美味しさに、干し野菜でなければ身体が受け付けなくなってきております。

猫目石一家、なんだか違う方向に進んでおります。りんごのぬか漬けも始めました。こちらは実験を繰り返し、ようやくコツを獲得いたしました。りんごは農薬をたくさんふりかける果物ですから、漬ける前にはお水でよく洗い、場合によっては塩をふって洗ってもよろしいでしょう。

皮をむかず、適当に切って、今の時期なら12時間程度漬け込んで置きます。糠床には、酒粕を入れておくと良いみたいです。やみつきになるほどおいしいです。猫目石家では、こんなにりんごのおいしくない時期でも、リンゴフリークとなっております。

 

ただ・・・過去記事にも書きましたように、今後は生活を楽しむだけではなく、創作にも渾身の力をこめていくことにいたしました。そういう時期がやってきたようでございますよ。

 

自分を信じて前に進む

先月の中旬くらいに、突然顔の右半分が腫れました。本格的に腫れる前日、母の施設へ見舞いにいっており、帰りの電車の中では痛くはないのに、かなり顔が腫れておりましたので、おかしいと思ってたんです。

翌日は、右耳前のリンパ腺が腫れ、顎が痛み、その翌日には痛みはなくなっていたものの、目が真っ赤になって、まぶたが腫れてきました。いちお、疲れた足を引きずりながらも医者にいってきました。あまり近所の眼科に行きたくないのは、待ち時間が長すぎることと、受付が上から目線なんです。先生は良いんですけれどね。

もらってきた薬は結局家にあるのと同じもの。がっかりしました・・・

ウイルス性結膜炎は、薬より一にも二にも体を休めることが大切なのです。他には、ストレスを軽減すること。完治は1ヶ月くらいかかる人もいるとのこと。来週くらいで1ヶ月になります。おとといあたりまで、目薬が沁みていましたが、今日はなんでもないです。ここで、油断するとぶり返すので、よく休むことを心がけています。

 

昨年から、疲れた身体に鞭打って作業をすれば目に出たり、インフルエンザに感染するという悪循環を繰り返していました。母の施設が遠方で、行って帰ってくるだけで1日丸つぶれになってしまいます。見舞いだけをのんびりとやれば良いわけではないので、過労気味だったのです。

 

--以下、金平が記します。

そこで猫目石家では、母の見舞いをお仕事として捉えることにいたしました。1つお仕事をやっているのだから、他の仕事はほどほどにすること。他の仕事とは、義理で4年くらい続けているものです。一旦やめたのですが、相手方から連絡があり、仕方なく復帰いたしました。そろそろ撤退の時期が近づいているんでしょうな・・・

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われわれ、困った時、右か左か決めなければならない時は、カードを引っ張り出してきて潜在意識と対話しております。潜在意識には、先を見通す力があるのでしょうか?ウイルス性結膜炎にしても、先月みたときに、完治は1ヶ月と出ておりました。その通りになりそうです。(ばぁさん「そんなばかな。長引くっていってもそんなわけないっ!」と金平に喧嘩をふっかけてきたんですよ。)

それはともかくとして・・・

猫目石一家、今月から準備を始めます。一つはピアノ曲で超絶技巧の祭りの曲のために、他には前々から悩んでいた未経験のジャンルのためにお勉強を始めます。幸いにカルロス=クライバーのDVDなど集めておりましたので、楽しんで挑戦できそうです。二つとも、猫目石一家の血に流れるもので勝負できそうです。

何にしても、自分の中にないもの、もってないもので勝負して、一時的にはうまくいっても、続きません。これはいやというほど体験した結果、納得したことです。猫目石家には・・・何か一つをわかるのに何年もかかるといった特質がございます。困ったもんですね。よそさまのように、即決とか、即理解などといった器用なことができません。そのへんがダメな理由なのでしょうな〜〜

 

反面、試行錯誤のベテランとしてお墨付きをいただきました猫目石家としましては、自分を信じることが理解できるようになりました。そろそろ腰をあげる時がきたようですね。行き着く場所は決まっているのですから、信じて前に進みます。