天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

西洋と東洋の溝〜プッチーニ 滝廉太郎〜

少し前に、有名なオペラ歌手が亡くなられたということで、友人とのお話に花が咲きました。私も友人もこの方についてはよく知らないんです。もちろん、きちんと演奏を聴いたことはありませんので、語る資格はありません。

 

友人とはこのオペラ歌手のお話から別の方向に話が発展いたしました。

オペラは日本人のわれわれが理解できない部分があって当然だと思います。疲れているときに、甲高い声で歌われるのってわれわれには、向いていないという話にもなりました。

 

日本は歌の国じゃなくて、言葉の国だと思います。イタリアは歌の国ですよね?感情表現だって違う。そんな国の文化をそのまま理解しろと言われる方が無理。

 

先日、日経のサイトをみておりましたら、高校生のためのオペラ教室で蝶々夫人を公演したという話題が載っておりました。女子高校生がほとんどで、公演前、休憩時間に、ものすごく私語が多く、やかましかったのだそうです。

これを読んで、猫目石一家では「当然だよね〜 女子高校生の反応は悪くないよ。蝶々夫人の筋書きは今どきの高校生にはわからないと思うしね〜 われわれも蝶々夫人だけはどうも理解できない音楽だって思うよね〜」という話でもりあがりました。友人ともこの話題でもちきりになりましたね。

 

われわれだけかもしれませんが・・・初めてのオペラ鑑賞だったら、もっとわかりやすいオペラのほうがいいのではないかと。「ボエーム」の方が良かったのではないでしょうか?他の作曲家だとビゼーの「カルメンなど。音楽として完成度が高いだけではなく、92歳義理母のような音楽の「お」の字も知らない素人でも、覚えられるメロディに溢れています。

 

以前フランスの指揮者シャスラン氏のカルメンを義理母にみせました。


CARMEN Paris-Bastille Opera, conductor: Frédéric Chaslin. Béatrice Uria-Monzon, Sergei Larin

義理母はメロディを空で歌えていたんです。ぼけた頭でも次のメロディの展開を覚えているということは、音楽のエネルギーによって、脳が活性化しているのではないか?・・・余談ですが、こういうの本物の音楽療法かもしれません。

 

義理母はカルメンを日本の曲だと思っていたようです。笑わせてくれます。

ちなみに、シャスラン氏の演奏が義理母にはしっくりくるようです。それは私も同じです。メロディに絡む対旋律なんかも、このテンポだからこそ生きてくるというもの。対旋律が聞こえなければ面白くはないんです。>猫目石一家

作曲家でもあるシャスラン氏の秀逸な演奏、歌だけを突出させるのではなく、音楽全体をバランスよくまとめておられると感じました。われわれ、こういう演奏が趣味です。


プッチーニ 《蝶々夫人》 「ある晴れた日に」 マリア・カラス(1)

 

「ある晴れた日に」というアリア、猫目石一家にとっては、最近までよくわからない歌の一つでした。今でも、すごくよくわかっているわけではないけれど、上のマリア・カラスさんのように、音楽と言葉との一体感を押し出したような、聞きようによっては冷徹な演奏であれば、良いなと思えるようにはなりました。

 

ちなみに佐藤しのぶさんのもきいてみました。全般的に表現がおとなしい。素人猫にはわかりづらいものがあり、最後まで聴くのが辛い。プロ相手だったらよいかもしれません。

 

でもでも・・・このオペラを好むか?と言われれば????ですね。日本の音楽を使ってはいるけど、使い方が好きではありません。

 

ボエームも筋書きは単純だし、古めかしい世界ですが、音楽が素晴らしい。プッチーニの作品中、われわれはボエームは最も好きです。実はばぁさん、最初にオペラ鑑賞をしたのが、カルロス=クライバー指揮+スカラ座の引越し公演なんです。こんなに良い曲あるの??って思ったそうです。歌詞も良いし、セットも衣装も古くて良かったんだそうですよ。

↓をみたんです。今になって思えば、運がよかった。なかなか見られるものではなかったですから。


カルロス・クライバーの「ラ・ボエーム」第1,2幕 1981年9月15日 東京文化会館

 

 

最初に聴いた音楽が好きになれば、他の曲も聴きたくなりますわね。この最初が大切だとわれわれは思っております。 

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話は変わって、日本の歌曲。われわれ滝廉太郎氏の曲に凝っております。昔から、金平は「花」が好きで、鼻歌を歌いながら、しっぽで床を叩いております。最近はばぁさんの弾くピアノに合わせて、歌っておりますよ。他にもたくさんの名曲があるようですね。初めて聴きました「憾」という曲も、猫目石家にとっては感動的で、金平はうるうるしっぱなしでございます。


憾(うらみ)

 

オペラもいいけど、やっぱり日本猫にとっては日本のメロディがしっくりきます。なんかね、を歌っていると理屈抜きで気持ちが明るくなるよ。と金平が申しております。ばぁさんは金平のために、日本のメロディをピアノで弾いて、「歌のない童謡」「歌のない民謡」などやることにしようと考え中。→昔 文化放送の深夜ラジオで「歌のない歌謡曲ってあったの知ってますか?あれのピアノ版です。

 

口だけじゃないですよ!ここではやりませんけど、別のサイトでやるようでございます。いつやるかは、秘密です。こそりと秘密裏にすすめております。

 

先生同士のいじめなど

最近話題になっておりますね?猫目石一家には、テレビがないことも手伝いまして、世の中の出来事は新聞か(経済中心に読んでおりますけれどね)ネットで情報を得ています。

 

聞くところによれば、教員同士のいじめを通り越した暴力が発覚したとか?twitterで拝見しましたところ、なんだか小学生の喧嘩が激しくなったような雰囲気でしたよ。で、われわれ、「やっぱり〜 あんまり変わってないね。」と話し合った次第です。

 

猫の世界でも喧嘩はありますよ。でも人族のような知恵がね〜 ありませんから、あそこまではやらないのです。

 

猫目石のばぁさんが、20年ほど前から中学生向けの、小さな合唱曲を手がけていたことがございます。もちろん、望んだわけではございませんよ。偶然知り合った方から依頼されてということです。1度きりで終わるだろうとタカをくくっておりましたら、それから13年ほど続きました。

 

そういうところで学校の先生や、先生たちの上司を見てきたこと。文部科学省などのお役人の噂などを耳にしておりまして、普通の社会じゃないないんだぁとは思っておりました。

 

ばぁさんによれば、「派閥の世界」なんだそうですよ。要するに団体行動っていいましょうか、猫の世界にはあまりないことだけれど、ボスがいて手下を連れて歩くってやつです。犬族、カラス族なんかにはあてはまるやもしれませんね。

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他に・・・みなさん、閉鎖社会で暮らしておられることを感じたようです。小学校は小学生、中学校は中学生の目線でおられることです。ですから、宴会をしていても小学生ならお遊戯的な宴会、中学生なら中学生的な宴会(カラオケのような密室ではなく、一般の人がいる前なのに合唱しても、恥ずかしいとは思われないようです。)

 

他に・・・上司(校長先生だったかな?)が、自分の思い通りにならない人 猫、自分の意見がちょっとでも聞き入れられないと怒鳴ったりするようなんですよ。ばぁさんは、一度だけ仕方なく、この先生族の宴会に出させられたことがあるようなんです。

 

ばぁさんとしては早く帰って、飲み直そうくらいに考えていたのに、この上司が勝手に話しかけてきて、ばぁさんが相手の話を聞かずに生返事していたら、怒鳴ったようなんですよ。ばぁさんは、ひどく頭にきたようです。その方、もう亡くなられたかもしれませんわ。

 

バカに喧嘩を売ったら、猫目石一族までバカになってしまいますから、名前を出すことはいたしませんが、理不尽な接し方だと思った次第です。

 

あと・・・公務員系の家系ってあるようですよ。警察官、県庁、郵便株式会社、義務教育教員などなど、一族郎党全て、公務員で固めている家系ってあるようです。上級役人なんかもこの系列ではないかと思うんです。

 

もしかして公務員ってコネがきくの?と思ったこともあるようです。ちなみに猫目石一族は公務員は一人もおりませんので、非常に相性が悪かったです。小学生の頃は、先生に痛めつけられた覚えがあります。それは施設入所中の義理母が92歳になっても、頭のどこかに残っていたらしく、悔しそうに言います。

 

友人は良い人が多く助けられましたが、教員には良い印象を抱いておりません。そういう経験もありまして、猫目石一家は学校というものに距離をおいていました。(今でも)当然!!ばぁさんは教員免許をもっておりません。いくらお金に困ったとしても先生にだけはなるまい、と肝に命じていたようですよ。

 

神戸の事件を拝見いたしまして、昔からあったことが表面に出てきたと思った次第です。今回は先生同士でしたが、先生から生徒への暴言、いじめもありましたね。先生だから偉いと思う考えは捨てたくださいませ。世の中、先生族の価値観で動いているとは思えないのですが、いかがなものでしょうか?

 

われわれは二度とおつきあいいたしません。今は別世界におります。二度と踏み込まないようにしていただきたい。

 

七転八倒

mizuki-shiro.hatenablog.com

 

先日の上の記事に似た心境のサイトをみつけました。記事タイトルには独自の時間を得てとありますが、これは「自分の時間をとる」という意味です。多少書き方が悪かったのやもしれません。

で、下記の引用文。表現の方法は違いますが、猫目石一家の現状と似た心理状態のようです。この方、カウンセリングをやられている先生です。

 

最近、幸せだなーと思うようになった。

自分に合った土地で 自分に合った暮らしをして

ただ青空があって

樹があって海があって

太陽が照って 雨が降って

:中略:

 

 

それでわかったことがある。 「幸せになる」というのは、我慢をしなくなるということ なのだ。 我慢さえしなければ、人はけっこう幸せだ。

 

我慢しなくなる=自分の進むべき道を見つけたということやもしれません。

我慢をやめること=世の中で生きられないとの考え方に凝り固まった猫さんへの、PRでもあるようですね、上の引用文。お金を払ってカウンセリングを受けたら、絶対幸せになれますよと遠回しに書いておられるのです

 

われわれは、カウンセラーさんに頼ったとしても根本的解決には至らないと思っております。土台を変えるには自分で意識するしかないと思うんですよ。

 

七転八倒。失敗を繰り返すことによって、経験を得て、生き物は強くなっていきます。よく、他人 他猫を変えることはできないといいます。その通りで、自分で行動しない限り何も変わりません。

 

占いを頼るのと同じです。良いこと言われたからといって油断していたらそのままです。大概占いが癖になっている方々は、行動が遅いです。行動しようと思っている間に時間が経って、人生終わっている。

 

他者が絡むものには、大概お金が絡んできます。それを良しと考えている人には何の問題もありませんが、われわれは疑問視しているんです。

 

 

 

七転八倒

古い昔の中国の話です。
大寧院可弘(だいねいいんかこう)禅師という人に、ある修行僧が聞きました。

「この道さえ歩いてゆけば、絶対にまちがいのない、真実の道(正真ノ一路)とはどういうものですか?」

可弘禅師が答えました。

七転八倒(しちてんばっとう)」(七回転んで八回倒れる)

「七転び八起き」じゃありません。
転びっぱなし、倒れっぱなし。

つまり、失敗の連続。
それが真実の道だ、というんです。

人間は努力をしているかぎり、これでいい、これで満点、なんてことはありません。
いつでも未完成、不完全です。

ただここで、大事なことは、転も倒も、具体的に動かなければ起きない現象だということです。
常に具体的に動くことが前提。

『生きていてよかった』角川文庫

 

上の引用文から、七転八倒することしか真実の道をみつけることはできないと受け取りました。 

これは・・・食える、食えない、世の中に合わせるなどという小さな考えは捨てること。人 猫 に受けそうだとか、仕事につながりそうだとか考えていては、どんどん迷路にはまりこむ。目先の欲に惑わされず、まず動いてみてから考えようということではないかとも思いました。

 

 

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七転八倒すれば頭は空っぽになります。これが良いのやもしれません。

 

ところで、ここ数日で気づいたことがあります。約30年前に起きた出来事と30年後とが連動しているのではないか?と。見本は30年前にあるんです。

猫目石家もご多分にもれず、めでたいこと、苦しいことが30年周期で回っております。苦、楽は背中合わせであり、この2つを本当の意味で理解しなければ物事は成就しないのやもしれないと思う今日この頃でございます。 つまり、30年に一度、七転八倒するチャンスを得て、生の終わりに近づくことができるのでしょう。

 

 

100記事を超えました

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昨年11月なかばからはてなブログに移動しまして、(以前はFC2)ようやく107記事を超えたところです。よく「最低100記事を書け」ということが言われておりますね。

100記事書けば、多少はアクセスがアップするということなのでしょうか?アフィリエイトをやっている方ならば収入アップにつながるのかもしれません。

以前は内容より更新頻度であると言われてました。現状では、更新頻度より内容(いかに読ませるか)が濃いことが大切なのだそうです。

 

で、猫目石blogの現状は、100記事を超えた頃からyahoobingからの流入が増えました。(最大はグーグルですが・・・)97%はスピリチュアル的楽曲分析の記事へのアクセスです。音楽以外の記事ははてなブロググループ猫目石のHPからのアクセス。でもアクセスしてくださるかたは、ごく少数です。

猫目石一家は、音楽以外の記事は息抜き的なスタンスで書いていますので、興味を持たれないのだと思います。

 

この結果を踏まえて、今後もスピリチュアル的楽曲分析には力を入れるつもりでおります。他に、基本の基本についても記すことができればと考えていますが、わかりにくいことを易しく伝えるって難しい・・・このへんをクリアしなければいけないのです。

 

分析は体験すること(演奏や創作)と一緒に進めていけば、見抜く力が身につきます。見抜くとは、批評家の意見や世間の噂、マスコミのでっちあげに惑わされることなく、「良し悪しを理解する」力であるのです。

 

自分の感覚に自信をもつことができればいいですね。

 

遠い将来、これらを一冊の本にまとめることができれば、良いな・・と勝手に思っておる、猫一匹の戯言でございました。

 

 

 

 

独自の時間を得て、一歩前に踏み出す

最近の猫目石家、ここ1週間ほどで様相が変化いたしました。まず、2017年だったかにとある会社から依頼され、休み休み続けていた副業から10月いっぱいで撤退することにしました。特別大変な仕事ではなかったのですけれど、どこかでわれわれの心労の原因となっていたのやもしれません。

 

撤退を決めてから、体調が良くなり、気持ちまでも晴れやかになりました。われわれには向かない仕事でも、あったのでしょうね〜 マイナス部分が除外されたという安堵感が体調にもプラスに働いたのだと思います。

 

本来の目的である猫目石独自の仕事に向かう時がきたのだと感じました。世の中の状況に合わせるのではなく、とにかく出してみる。出すといっても、準備が必要ですわね?

 

金平は録音係猫になると申しまして、試験的にiphoneでビデオ撮影を試みました。思いつきなので道具がありません。何度もiphoneを落としました。セットする場所がつるつる滑るんですね。

 

猫目石のばぁさんは、しばらくやっていなかった自作曲の指慣らしも兼ねて、とりあえず曲の頭だけを弾いてみました。録音するといろいろと反省点がみえてきて、よかったようです。加えて、弾いているうちに集中力が芽生えて、どういうわけか体調がよくなっているのを感じたようですよ。

 

集中すれば、邪念がふっとぶのでしょうかね?

 

最終的にはiphoneではなく、他の良い機材で撮ります。ピアノの録音は難しいんです。素人でも割と簡単に扱えて、ピアノ録音に向き、しかも軽い機材を購入予定です。場合によっては、歌もいれますね。あまりに下手ならやめておきます。打ち込みも使います。

 

他には・・・本日、過去に書いた譜面を引っ張り出してきました。2015年〜2016年くらいにかけて書いた曲の数々ですね。

 

2015年くらいに、マンションの水回りが傷み、そのせいでお湯も出なくなりまして〜 スポーツクラブのシャワーを借りたり、バスや地下鉄に乗って広尾の銭湯に通った思い出があります。

銭湯は結構良かったです。夜にはお勤め帰りの方もいらしておりまして、みなさん大変なんだなぁと思いました。お湯をわかすときに、木材を使っているらしく、通りかかると木の匂いが漂ってきておりました。こちら、また行きたいと思っております。

 

が、しかし、リフォームをするまでは、大変な苦労をしました。数ヶ月間お湯が出ない生活を体験しまして、お湯が24時間出て顔を洗えたり、シャワーを浴びられる生活は、今でも天国だと感じ感謝しております。しかも、エアコンも壊れたままでして、夏場に扇風機だけで暮らしておりましたね。エアコンは2017年秋になってようやく新調いたしました。

 

そんな中で書いた曲。おかしくないか?心配でしたが、今日みたところ接続部分を直せば、大丈夫だと判断いたしました。いつもよりよく書けております。

 

ぬるま湯生活は人間も猫もだめにします。満ち足りた生活もある程度必要でしょうけれど、そういうのに慣れてしまうと、だれてしまうのでしょうか?

 

ところで・・・2015〜2016年の貧しかったときのこと、ある方にお話しましたら「良い勉強をしましたね。世の中には会社が倒産してしまい、住む場所もない方々もたくさんいるんですよ。そんなのに比べたら天国です。貴重な勉強をしたと思ってください。」と言われました。

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現在はようやく、猫目石独自の時間をもてる時がきたと思います。亡き義理父のお告げによれば、「労働はするな」ということでした。この意味がわからず悩みましたが、今になってみて、「無駄な労力を使うべきではない。もうそんな時期は卒業しているよ。」ということだと解釈しましたね。

 

人も猫も潜在意識があり、先のことを決めて動いているんですね。何も恐れることはないのでしょう。しかし、七転八倒しているときは先が見えないために悩むんです。苦労を体験することによって、直感が働くようになるんでしょうな・・・直感=まぐれではなくて、体験に基づいた力を得ることができるのだと思います。

 

ショパン「ノクターン1番 op.9-1」〜ピアノ曲 楽曲分析〜

前回はop.9-2というショパンノクターンの代名詞と呼ばれる有名曲を分析いたしました。

mizuki-shiro.hatenablog.com

 今回は同じ時期に書かれたと思われる、1番をみていきます。

 

概略

ショパンは、同じ音の形を複数の曲で使っています。ピアノソナタスケルツォノクターンなどなど。これはおそらく、ショパンポーランド人であることが理由なのだと思います。我々も、知らず知らずの間に日本的なメロディが体に刻み込まれていたりしますね。

ポーランド民謡、調べてみました。

 

「私のヤシエンコはどこに?」


Jarzębina - Gdzie mój Jasieńko

上記の曲で特徴的な音の形が、ショパンの楽曲には現れます。譜例1ヤシエンコはどこに?のメロディの一部です。

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私のヤシエンコはどこに?〜譜例1〜

赤い丸で囲んだ音の動きは、ショパンの特徴といえるでしょう。ショパンの影響であるのか、流用かはわかりませんが、ショパンのメロディに酷似した歌が、日本の作曲家の作品にはいくつかあります。クラシックだけではなく、歌謡曲系にも。日本人には馴染みやすそうな音の流れなので、意識して使ったか?ご自身が気に入っておられたのでしょう。

 

 ノクターン1番は複合三部形式で書かれております。順にみていきます。

提示部A

提示部はA  A1の2部分に分かれます。提示部とは、この材料で展開していくのですよ、という宣言がなされる部分です。ノクターン1番は、大まかにみて4個の材料が提示されています。(譜例2を参照)

 

譜例2

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提示部A〜譜例2〜

上に記しましたように、最初のメロディには、以下4個の材料が含まれています。

 

  1. ABAの音型
  2. 連打
  3. ポーランド民謡の音型
  4. シンコペーション

シンコペーションは、左手の伴奏形にも現れます。(譜例3参照) 

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左手の伴奏形シンコペーション〜譜例3〜

黄緑で囲んだ右手のパートは、譜例2の左手で、黄緑の丸をつけた部分を取り出しています。分散和音の残りの音も主音のB(主音保続音)をbassとして、シンコペーションで動いています。シンコペーションの組み合わせにより、右手のメロディを強調しているとも受け取れます。

この楽曲は保続音も大切な要素ですショパンはバッハから得たものが大きかったという説を読んだ覚えがあります。保続音が延々と続くのは、バッハのオルガン曲からの影響もあるのではないでしょうか?

 

また

譜例2アウフタクトオレンジで囲んだ音(b-des-b)は調の流れを暗示しているのではないかと個人的には感じております。→提示部--b-moll   トリオ--des-dur  再現部--b-moll 

メロディを立体的に聞かせる工夫はそこここに見られます。これらを意識することは、演奏、創作のヒントにつながるやもしれません。

提示部A1

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A1コーダ〜譜例4〜

譜例4提示部A1の終わりの部分です。特徴はナポリの和音(青い丸)と2〜4小節にかけてのたたみかけのフレーズです。たたみかけは提示部最初の連打を、言い換えて発展させているとも考えられます。

オレンジ色で囲んだ音は、こちらに記しました材料(b-des-b)を発展(拡大)させているのではないでしょうか?→des-f-des
 

ナポリの和音については、続くTrioの重要な材料となります。

中間部(Trio)B

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Trio始まり〜譜例5〜

 中間部は平行調のDes-durに転調します。提示部Aでも紹介いたしました、シンコペーションポーランド民謡的音型が主たる材料となっております。これらに加えて、A1で触れましたナポリの調(半音上のD-dur)への短い転調が現れます。

半音階的な音の流れは、あちこちにみられます。例としてTrioの始まりのメロディ。こちらも半音階的な音の流れですね。

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ナポリへの転調〜譜例6〜

譜例6ナポリ調(D-dur)へ転調する部分です。desをcisへと(ピンク色の丸)読みかえて、D-durへエンハーモニック転調をし、減七(赤い丸)を共通和音として(エンハーモニック転調)Des-durへ戻ります。

共通和音による転調は、譜例7をごらんください。

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共通和音による転調〜譜例7〜

左側の和声は D-durの減七です。そして右側の和声はDes-durの属調であるAs-durの減七(ドッペルドミナント)です。赤い線で結んだ音は同音ですが、調性に応じて読み替えています。これをエンハーモニック異名同音)と呼びます。

中間部(Trio)B1 

こちらでは、同じフレーズの繰り返しのように見せて、異なるいろどりで展開されます。中世の時代に教会で歌われていた旋法が一部使用されています。ちなみに長調短調は、17世紀にヨーロッパで確立されていったものです。

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トリオ後半〜譜例8〜

譜例8、 B1はトリオの後半です。ここではC♭(Ces)の音が重要です。一見、Ges-durの属七が延々と続いているようですが、トニックは置かれていません。ここでは、教会旋法の一つ、ミクソリディアンが使用されています。

そして・・・続く部分では。

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トリオ後半続き〜譜例9〜

譜例9においてはC♭(Ces)の音はなくなり、長調にあたる旋法、イオニア

で描かれます。

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旋法〜譜例10〜

譜例10は、イオニア、ミクソリディアンの旋法です。

 

ノクターンとは、修道院の夜の祈りから瞑想、黙想という意味に発展したようです。この部分(Trio後半)には、(ノクターンの)意味を知る前から、天(神)を黙想するような雰囲気を感じておりました。作曲者の狙いは知る由もありませんが、もし私の思いと同じであったなら、非常に嬉しく思います。

再現部

提示部を半分程度繰り返して終わります。最終小節は黙祷するかのように、ピカルディの3度(同主調の主和音)で終わります。

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ピカルディの3度〜譜例11〜

 音源


ショパン「夜想曲」第1番(マリア・ジョアン・ピリス)

 

録音が古いということですが、演奏は古さを感じません。他のピアニストの演奏も聴いてみました。ルービンシュタイン氏よりもこちらのほうが私は好きです。

 

アリス=サラ=オット??さんの演奏、初めて聴きましたが、フレーズが短いと感じました。他に、愛の夢も聴いてみましたが、同じような印象です。ピアノを演奏することと、曲を聴かせることが別々になっているのではないかと思います。日本では人気ピアニストなのでしょうが、ヨーロッパではどうなのでしょうか?素人にはよくわからない演奏でした。

 

根三ツ葉のきんぴら ニンニクの芽のおひたし

猫目石一家は最近、時間を忘れて、ピアノの前に陣取る生活が続いておりました。が、しかし、それも今日を境に一段落しました。もちろん今後も続くのですが、今週末からは、なかなか手がつかなかった、作品作り再開です。

今後は依頼された仕事以外には、猫目石ののれんを、作ることに専念いたします。猫目石ののれんについては、別記事に書きますね。

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さて、前置きはこのくらいにして、根三ツ葉のお話です。先週、一時的にくつろいだ時がありました。そのときに、根三ツ葉の根と茎の一部を保存しておいて、きんぴらにしました。それがことのほか、おいしかったんです。葉っぱの部分は、豚しゃぶに入れました。

 

根三ツ葉の根は泥で汚れていることが多いので、よく落とした方が良いと書いてあるサイトもありますが、最近は売っている時点でほとんど泥が落とされています。神経質な猫さんは、汚いひげのみを、キバで食いちぎれば(ハサミで切れば)大丈夫です。うちは甘めの味付けが好きなので、みりん、酒、お砂糖、お醤油を大さじ2くらいにして、ゴマ油で炒めて、最後に一味とんがらしを振りかけて終わりです。

 

簡単だし、何より香りがよろしいのです。お酒のおつまみにも、ごはんのおかずや、お弁当の付け合わせにも重宝いたしますよ。毎週根三ツ葉を買い求めたくなるほど、おいしぃものです。

 

他には、新しい発見、ニンニクの芽のおひたしです。普通炒め物にしますけれど、電子レンジで茹でて、しょうがをすりおろして、最後にポン酢をかけるだけ。こんなに簡単なのに後を引くんですよ。どちらかといえば、炒めるよりおいしいかもしれませんね。

 

猫目石一家は、本日は雑用ばかりでした。気持ちに一段落つけましたのでね、今までできなかったことを一生懸命やりました。その中には、干しナスの状態を見る作業もありました。

 

ナスというものは、干すことによって味に深みが出ることをご存知ですか?先日はナスを切らず、そのまま網に入れておいたら、全くぬか漬けになっておりませんでした。やはり、ナスは半分に切って、それからですね。ぬか漬けだけではなく、煮物や炒め物でも、なんでも干しナスにしておくといいみたいです。

 

今日は、この干しナスをぬか床に入れて、他には昨日下ごしらえしておいた、鶏もも肉のソテー満願寺とんがらしの炒め物根三ツ葉のきんぴらくらいにしておきます。