天空の縁側

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作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

ウィーンフィル室内楽〜オペラを謳う

19日、以前から楽しみにしていたコンサート、ウィーンフィル室内楽」を聴きに行ってきました。私は音響に関してそれほど熱心ではなく、とにかく聴ければ良いと言うタイプの人間なので、最安値のステージ後ろ側で聴きました。

 

全体を通して、弦楽器の方々が奮闘しておられました。プログラムはウィーンフィルや国立歌劇場とのご縁がある(あった)作曲家が中心でした。R.シュトラウスワーグナー弦楽合奏は非常に良かったです。

 

室内楽に抵抗がある方、生の良い演奏を聴くと楽しさがわかると思います。録音だと奏者のかけあいが見えないためつまらない曲も、生演奏に接してはじめて面白さを発見できるかもしれません。ボーイングによる音色の違いや、長〜〜〜く伸ばす音(保続音だけではなく)を受け渡すことによって、奏者による音色の違いをアピールしていたりなどなど・・・いろんな気づきが得られます。

 

私も得るものがありました。R.シュトラウスワーグナーのオペラや声楽作品の数々をもっと勉強すべきと感じました。私の大好きなカルロス=クライバー氏もR.シュトラウスの良き録音を残してくれていますしね。今はカラヤンのしかもってませんが、こいつを売っぱらって、クライバー氏のCDを買おうかと画策中。別に売っぱらわなくても良いのですが、CD置き場が広くなるというけち臭い考えなのです。

 

ワーグナートリスタンとイゾルデという名作がありますけれど、この作曲家が調性崩壊を意識して、前衛的作品にしようと思ったのではないと、感じました。半音階的進行やエンハーモニック転調なぞを、使わなければ表現できないテーマを描きたかったんですね。どこかで読んだ覚えがあるのですが、彼はトリスタンを理屈抜きで書いたとか。

 

だからアーティストなんだと思いました。私は結構思い詰める部分がありまして、演奏会でも、考え事をしながら聴いております。音の洪水に思い切り身を委ねることはできないタチなのです。

 

前置きはこれくらいにして、演奏会の覚書を記しておきます。

 

R.シュトラウスカプリッチョ弦楽六重奏

シュトラウスウィーン国立歌劇場音楽監督も務めていたそうでございます。コントラバスの方が、日本語で説明されておりました。

 

美しい曲でございました。弦楽器の音色と曲があっており、夢のようなサウンドが流れておりました。弦楽器が6個もありますと重厚な響となることが多く、私だけかもしれませんが、耳が疲労します。しかし、音色の甘やかさがこの曲を引き立てておりました。1曲目から別世界にきたような感覚です。

 

ワーグナーローエングリン前奏曲

この曲は第二バイオリンの方々で演奏されました。お一人はビオラと持ち替えでした。

アレンジが秀逸でございました。最初に記しましたように、長い音符を一人で弾ききらないで、何人かで受け渡していくこと、加えてユニゾンで音を重ねる。ビブラートのかけ方も個々で違うため、立体感が生まれておりました。

 

他にボーイングの違いによる音色の変化など、繊細なアレンジだと思いました。

 

ワーグナー「ヴェーゼンドンク歌曲集」より 夢

歌の部分をヴァイオリンでとり、バックは室内合奏でした。私、今トリスタンとイゾルデの全曲を勉強中なのですが、この曲には大いに共感を覚えました。はトリスタンと並行して書かれた曲であり、トリスタンの習作と名付けられているとか?

 

こちらの歌曲集も勉強します。

 

他に、ビゼーカルメンコントラバス4重奏、バーンスタインのウエストサイドストーリーより、「シンフォニックダンス」を打楽器アンサンブルなど。他には、演奏家の作品も2曲。演奏家の作品についてですが・・・ショパンのようなスピリチュアルな作曲家はおいといて、多くは演奏することが中心となっているように思います。(曲主体ではない)今回もウィーンフィルの団員を指導されていたというチェロ奏者の作品がありましたが、違和感を覚えました。

 

ショパンやリストは何か目に見えないものの力のバックアップがあったのかもしれません。私の思うスピリチュアルとは、ふわふわした非現実の世界ではなく、夢が現実になることだと思っています。巷に溢れるスピリチュアルカウンセラーのような世界ではありません!!

 

ショパンなどは、天の啓示を音にしていった部分もあると強く、感じます。特にエチュードは、凡人では書けません。リストも日本では軽視されている部分もあるけれど、後期の作品や宗教音楽は格別なものです。

 

音を扱う人は、天からの啓示を得られるか得られないかによって、違ってくると私は思います。ワーグナーも天からの啓示をいただいた方だと思っています。

 

そういえば、ワーグナーの奥さんはリストの娘さんでしたね。リストの娘さんは、クラマービューローの作曲者の奥さんだったのに、ワーグナーにしてやられたんですね。明治時代にリストがまだご存命であったことを考えると、ワーグナーにもリストにも親しみを感じます。

 

上記のように、種々雑多なことを思い起こさせてくれるコンサートでした。