天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

母の介護1(施設入所まで)

2017年3月に90歳で父が亡くなり、母は一人暮らしを余儀なくされました。隣のマンションに妹夫婦がおりまして、食事の世話、掃除などをしておりましたが・・・2018年より足腰が弱り始めました。

漏らすわけではなかったのですが、用心のためにオムツをつけさせ、ポータブル便器(夜のみ)もベッドの横に設置しておりました。3月には要介護2の判定をもらい、4月からはケアマネさんについていただきました。同時に訪問介護を受けるようになり、介護士さんにお風呂に入れてもらうようになりました。

母は認知症を患っております。一見普通なのですが、感情の変化が激しく、同じことを何度も繰り返す。そのため、一緒にいるとこちらが非常に疲れるのです。妹は隣に住んでいながら同居することはなく、母の住まいに泊まりに来ることもない状況でした。妹も体調がすぐれないために、ある程度距離を取る必要があったためです。

電話も頻繁でして、おそらく認知症のご家族の方は思い当たるフシがあると思うのですが・・・夜と昼の区別がつかなくなり、朝の5時に夕方だと思って電話をかけてきたことも何度かありました。今、何時なのか?認識させるために、私は日付と時間と曜日が出るデジタル時計を買いました。母は緑内障でもありますので、黒に赤といったはっきりした色分けでなければ、時計が見えません。小さな文字でもだめなので、大きな文字という条件も必要です。そこで、下記の時計を購入しました。

 

 上の時計の文字ですが、実物は写真よりかなり大きいです。唯一の難点はコードレスではないことです。この時計を買ってからというもの、母は「今何時?」と電話をかけてこなくなりました。

 

4月からは週に一度、私が泊りがけで母の面倒をみることになりました。単に母の家に行くだけであれば楽なのですが、食べられるうちにおいしいものを食べさせておこうとの思いから、手に入る食材で最高の品を吟味し、宅配便で送る作業もありました。また、漬物が食べたいといえば、自家製のぬか漬けやたけのこの奈良漬を持って行ったりなど、手間がかかることは多々ありました。

母の家に着いたら、まずトイレ掃除です。便器を汚すことがあったので、トイレの蓋の確認作業から入ります。次にポータブルトイレの汚物を捨てること、洗濯などやることが目白押しでした。

母の住まいから私の自宅までは同じ東京都とはいえ、1時間半はかかる距離です。おまけに母が午前中の決まった時間に行かなければ、「来ない、来ない」といって妹のうちに電話を何度もかけますので、前の晩2時頃まで作業していても、あまり寝ないで出かけることがほとんどでした。

また、認知症だけではなく、不安神経症的な持病をもつ母は、ご飯を食べている途中で意識を失ってしまったり、手のかかることこの上ない状況でした。下の階にかかりつけ医に、なんども往診していただきました。

私も最初のうちは我慢できたのですが、ストレスからか蕁麻疹が出たり、腕に激痛が走りまして、そのまま2ヶ月ほど治らなかったこともあります。この状態がいつまで続くのか不安に思う毎日でした。

母は緑内障で片目を失明しておりますので、鍋物なども自分でとることができません。食器にとって、食べさせておりました。私はかなり我慢強いほうだと思います。それでも腹がたつことは多々ありました。

自分のやりたいことは何もできない状況でしたが、時間を作りつつ作品を書き進めました。親のために人生を棒に振ることはしたくなかったです。

〜続く〜