1&2楽章につきましては、カテゴリーの、スピリチュアル的楽曲分析をごらんください。↓ ↓
この楽章は、右手がメロディ、左手が伴奏の歌的な曲に捉えられがちです。しかし、譜面を精査しますと、単なるメロディや分散和音の羅列に終わらず、1楽章、2楽章の素材を別の形で言い換え、発展させていることが見えます。ここでは、私独自の視点により、分析を進めていきます。
概略
3楽章全体がメメントモリ(死を忘れるな)の思想で統一されていると思います。2楽章のトリオは、3楽章の前触れであるのでしょう。ショパンはテーマや重要なフレーズを出す前に、似たフレーズや音型を出すことが多々あると、1楽章から記してまいりました。今回はその大規模なものと読みとりました。
2楽章の始まり(譜例36)を再度提示します。5度の積み上げ=孤独 葛藤 模倣=対話 ポリフォニックで静謐な曲調などから、死という人生の完成を意識し始めたショパンの内面が表出されていることを感じます。このテーマが3楽章では、楽章全体で語られるのです。
譜例36
3楽章は天への問いかけと答えで統一されており、心の内側が透けて見えるようです。これは最後まで続き、4楽章の「嵐」へとつなげます。
全体は、提示部(A)--中間部(B)--再現部(A')の三部形式です。
提示部は導入+テーマの提示→展開→終結部の順に分析していきます。
導入とテーマ提示
導入部分(4小節目まで)
音源:15’16”〜
4小節目3拍目までの導入部分には、楽章全体の材料が提示されています。
- 問いかけと答え A(2小節目まで)が問いかけ、B(3小節目〜4小節目にかけて)が答えを暗示します。これらは姿形を変えながら繰り返されます。
- 下降音階 オレンジ色の丸で囲んだ音。
- 1楽章1テーマ頭(g-fis-d-b)の音列(緑色で囲んだ部分) 3小節目では反転して用いています。
- 2小節目、頭の音形(青色で囲んだ部分) この音型はアウフタクトで始まるテーマの始まりとして使われております。同時に、低音域では音型を拡大して、下支えしています。(譜例51参照)
- 1オクターブ 赤で囲んだ部分以外に他にもたくさん出てきます。
- 1小節目頭のうねる音形(茶色で囲んだ部分) 導入1小節目はテーマの3〜4小節目(譜例50の7〜8小節目にかけて)を導き出しています。
- 2小節目から3小節目にかけての3度(ピンクの四角の音) 曲中には三度転調や三度の進行が多いことを示唆しております。
- エンハーモニック転調 3小節目3拍目のC-durのⅤ⁷。この和声を橋渡しとしてH-durにつなげます。(譜例52参照)エンハーモニックとは、日本語では異名同音(音名は違っても同じ音)と言います。ここでは、H-durの同主調である、h-mollのドッペルドミナント=fis-mollの下方変位の減7の和音(E# G H D)を介して、C-durからH-durに転調します。Aがショパンの記譜、Bはエンハーモニックをわかりやすくするために、私が書き換えたものです。出てくる音は同じです。ちなみに下方変位とは、半音下げるという意味です。
譜例51
譜例52
以上、8つの材料が導入部に提示されております。
テーマの提示
音源:15’38”〜
テーマは8小節からなる、ゆったりとしたマーチです。上声部のメロディ、中音域でのリズムの刻み(スカイブルー)、ベース(黄緑)の3つの線で成り立っています。メロディの骨格となる構成音(装飾を省いた音)と、中音域の刻みとはオクターブの開きで対話します。
メロディはdisを中心として、メリスマ的な音の流れが形成されています。(メリスマとは歌のこぶしのようなものとお考えください。)
過去の楽章を思い出してみましょう!
1楽章はh-mollで始まり、再現部は同主調のH-durで始まり終わりました。そして最終小節では以下のような配置になっていました。
下の譜面は1楽章の最終部分です。
2楽章は上記譜例29の上声部、dIsの音を受けて、Es-durで始まり、トリオはH-dur、再現部は再びEs-durとなり、esの音で終了しました。
3楽章はesの異名同音、disから始まります。テーマのメロディはdisを中心に据え、上下に音をくゆらせます。夢うつつの時、どこからか、異国の歌が聞こえてくるように感じます。
このようにdisは、全てにおいての屋台骨的な音なのです。
下記の譜例53は、導入部の頭とテーマ=7〜8小節目の比較です。テーマにおいては、導入部のうねり的な音形と音列を生かしています。
展開
音源:16’22”〜
テーマの展開は譜例54の2小節目〜8小節目の頭までです。
一見単調そうな譜ヅラをしていますが、奥の深い展開がなされています。
導入部の材料で記した 2.下降音階(外声のオレンジ色で囲んだ音階) 5.オクターブ(赤の線 矢印)に加えて 1.問いかけと答え 6.うねりの音形(茶色の丸と波線)(1.&6.のカラクリについては下記譜例55参照)が有機的に組み合わさり、終結部へつながっていきます。
譜例55は上声部のメロディを問いかけ(A)とし、内声(B)を答えと見ています。内声、わかりやすくするために、リズムの刻みとメロディの一部をつなげて、のばしてみました。茶色で囲んだgis、fis(1小節目、3小節目)が要となっており、5小節目からの、四分音符のうねり(茶色の波線)につながっていくことがわかるでしょう。このうねりは、終結部で形を変えて受け継がれます。
終結部
音源:16’55”〜
譜例56は、展開部分の最後の小節も含めて表示しています。(終結部は2小節目から始まります。)薄紫色で囲んだ音形(展開部分)を受け継いで、問いかけ(A)と答え(B)をリピートしていきます。このリピートは、譜例55で記しました内声のうねり(茶色の波線)を、別の形に置き換えているのです。このように奥が深く、意味のある展開でありながら、音楽として自然に流れていくのは、ショパンの年輪と才能の豊かさによるものでしょう。
AとBの音列は上に記しました展開部分の最後の音形を、3度下に移行したものです。(譜例57参照)
dis cis hは目立つ部分に配置されております。disの音が中心であることを言いたいがために、強調されていると感じます。問いかけと答えの最後は、連打(赤い丸 矢印 線で表示)で締めくくられます。これは、中間部の連打に、スムーズにつなげるための用意であるだけではなく、フレーズを収める働きももっています。文章では非常に理屈っぽく嫌なのですが、実際の音には、奥に秘められたエネルギーと、芯を感じます。説明などなくても、この曲の厳しさや強さを感じることができると思います。
譜例58は譜例56と同一部分を含みます。中間部分へは、うねりの音群(茶色の囲み)の上で、連打(赤い丸 矢印)と、dis-cis-hの音列(薄紫の丸)を組み合わせてつないでいきます。
緑色で囲んだ音h-gis-e-disは、1楽章頭の音型(g-fis-d-h)の反転逆行です。中間部では、この音形が変形されて、随所に現れます。
いつもより長くなってしまいましたが、分析してみて、ショパンの世間的評価とは別の面を発見し、興味深かったです。同時に分析することが楽しく、長く続けていこうと思いました。
音源
Cyprien Katsaris - Chopin: Piano Sonata No. 3 in B minor, Op. 58
3楽章はじまりは、15’16”くらいからです。
次回は中間部前半に入ります。
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