前回(上記のリンク)は提示部を分析いたしました。今回は中間部(トリオ)前半です。長い曲ですので、1回に収めることになれば、譜例も見にくくいやになるでしょう。ただでさえ難解な曲が超難解になりますので、2回に分割して記します。
3楽章トリオの部分では、過去に何度も記してきました5の暗示(譜面上では5度の積み上げによる和声の響き)と、問いかけと答え、うねりを中心として、展開されます。
漂う魂や天の存在を感じる音楽です。天に問いかけても、答えは見つかりません。しかし、心模様は繊細な音の織物とつながって広がっていきます。最終部分では、提示部のコーダが現れ、現実世界に引き戻されます。
全ては自分の中に答えがある、ということではないでしょうか?
中間部は下記の5部分に分けられます。
A (提示)→A'(再現)→B(展開)→A"(再現)→C(コーダ)
この楽章は冗長であると評されることがあります。繰り返しによって成り立っているからです。この繰り返しを演奏者がどのように解釈するかが、腕の見せ所になるのでしょう。カツァリス さんは、以下のように述べておられました。
ショパンが同じ曲を何回も弾く時は、いつも違った弾き方をしたのです。同じパッセージが何回も出てくるときは、ダイナミックやキャラクターにいろいろ変化をつけました。ショパンの演奏を聴いた人々の証言から、彼の考えをうかがうことができるのです。
創作面からみると、得るものが大きい楽曲です。ショパンのオリジナリティがあちこちに散見されるだけではなく、奥深いところにある悩みや思想にも触れられるかもしれません。あなた独自の分析を試みましょう。創作には大きな拠り所となると思います。
A(提示)
Aは3部分に分かれます。スピリチュアル的には第1部ではは天の存在を、第2部では天への問いかけと答えを暗示し、第3部では葛藤を感じつつ、次の舞台へつなぐ役割を果たしていると思います。
第1部
音源:17’42”〜
下記の譜例59中、1(赤字)と記されているところから3段目の2小節目(赤い波線)までが第1部です。
第1部は以下の4つの材料で統一されています。
- 5度の響き 孤独 葛藤の暗示
- うねり
- 1楽章の1テーマ、頭の音列(緑色の丸 赤い丸は拡大)
- コーダの材料より(薄紫の丸と矢印)
上記の譜例60は、全体を覆っている5度の響きです。Eから5度づつ積み上げていき、またEに戻って5度を積み上げる。私はこの響きに、雲海の流れる光景と思考の繰り返しを感じました。
5度の響きはうねりと共に流れます。2.のうねり音型の元は、提示部コーダにある音列をそのまま生かしています。譜例61参照
譜例61
上記の譜例61の中で薄紫で囲んだ部分が、うねりの音型となって姿を変えていきます。譜例62をごらんください。
譜例61で囲んだ薄紫部分を音列にして提示しました。逆行=逆から読むことです。
このように、主として提示部のコーダの材料を使い、トリオに受け継いでいます。聞き流していては、気付かないかもしれません。甘美、抒情的、夜想曲風などの印象が多いようですが、譜面をみればまた別の印象も得られると私は思います。
このうねりの音型は1楽章の頭の音列や導入部分の材料でつなぎつつ、 次の場面へと流れていきます。ここでも提示部コーダの材料が生かされています。
第2部
音源:18’10”〜
譜例63、赤字の2から3の手前までが第2部です。
この部分は以下の5つの材料で統一されています。
- 問いかけ(Aと表示)と 答え(Bと表示)
- 1楽章の1テーマ、頭の音列(g-fis-d-h)より (緑色で囲んだ音型)
- 5度の響き 第1部とは別の方法で (赤い四角と点線で囲んだ部分)
- うねり (茶色で囲んだ部分)
- 提示部コーダの材料
1.問いかけのAは、5つの材料のうち、2.1楽章の1テーマ頭、(緑で囲んだ音型)によるアルペジオ、そして3.の5度の響き(赤い四角で囲んだ付点)を使っています。付点の部分については、下記の譜例64&65をごらんください。
譜例64は全てではありませんが完全5度を重ねた響きです。
譜例65は減5度、増5度も混ざった複雑な響きがします。(調性がgis-mollに変化しているため)内声に根音がありますので、わかりやすくするために、和声は左側の音型のaltoをbassに移動させました。
右側の和声の構成音は全て左側の音型に含まれています。最初これを発見したとき、不思議な感じがしました。
次に答えのBの部分ですが・・・
こちらは、アルペジオを経て、次の小節から2小節間・・・提示部コーダの赤い丸で囲んだ部分をそっくりそのまま使っています。譜例61参照
加えてこの部分には、内声に提示部展開でお目見えした特徴的な音型が使われています。下記は提示部で提示した譜例55の再掲です。
これらの材料を組み合わせて繰り返し、第3部(接続部分)に入ります。
第3部
音源:18’40”〜
譜例66の2小節目から2小節間が第3部です。
この部分では、目立たないところに味わいのある工夫が凝らされています。
赤丸で囲んだ音に注目してください。詳細は下記譜例67に記しています。
先に内声が入って、2拍遅れて上声部がはいります。上声部の最後の音は便宜上、4拍伸ばしました。(ペダルを踏むこと&1オクターブ下にもHがあるので、音が続いているとみなしました。)
内声と上声部のリズムは互いに逆行を形成しつつ、強調しあっています。それだけではなく、この楽曲全体を統一する音disが絡んでいます。disの連打の後には、休符がありますが、これが重要です!余韻を感じること、次の場面への準備でもあります。この2拍の休みがなければ、締まらない音楽になるでしょう。
disの音はできれば、ビロードのような音色が欲しいと私は思います。(これは私の独断的感覚です。)
A'(再現)
音源:18’48”〜
A'はAの第2部までをそっくりそのまま繰り返しますので、分析は省略します。
A'第3部
音源:19’44”〜
Aの第3部と譜面上は似ていますが、音楽的内容は異なっています。
譜例68、2小節目までがA'の第3部です。左手1小節目に括弧でくくられているのは、原典版にはない音です。そのため、譜例68(音源通り)と原典版の2種類について記します。
1)音源通り
譜例68をごらんください。括弧でくくった音型、左手のcisis-dis-fis-eは提示部コーダの材料です。
譜例70は、提示部コーダの最終部分です。譜例70の赤丸の音を使い、内声で模倣していることがわかるでしょうか?具体的には、下記の譜例71をごらんください。
ここでA'が終わるというサイン(提示部コーダの最終部分を使っているので)を出し、展開部分に入ります。カツァリス さんの演奏も(音源)A'の終わりを意識なさっているのか?この音型を大切に弾いておられると感じました。
2)原典版
原典版の左手は下記譜例69を参照してください。
省略しておりますが、右手はうねりの音型が続いています。展開部分に向けての純粋な接続(なだれ込むための役割)を意味していると思います。
上記二つを比べてみますと、多少ニュアンスは違いますが、次の部分へのつなぎであり、A'の終わりを告げる部分であることには変わりはありません。
作曲において繰り返すことは、大変勇気のいる行為です。ショパンは、リピート部分=Aの部分 に自信を持っていたのではないでしょうか?
音源
Cyprien Katsaris - Chopin: Piano Sonata No. 3 in B minor, Op. 58
17'42"くらいから、トリオが始まります。
次回は中間部(トリオ)後半に入ります。
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