前回(上記のリンク)はトリオの前半を分析いたしました。今回は中間部(トリオ)後半です。B(展開) → A"( 2度目の再現) → C(コーダ) の順に記します。
B(展開)
展開部分は、接続1→Aの第1部と第2部による展開→接続2の3つに分けて、分析いたします。
1)接続1(メインの展開へつないでいく)
音源:19’53”〜
前回にも記しましたように、3楽章の接続部分は変化に富んでいます。曲の醍醐味は接続部分にあるといってもいいほど。プロの技はどのジャンルにおいても、メインの部分(歌謡曲系であればサビ前やDメロというもの)へのつなぎの巧みさによって、決まります。この部分が一本調子であれば、主体とする部分が生きてきません。
接続部分が巧みであるのは、職人技が優れていると判断できます。ショパンは決して思いつきの人でもなく、作曲はピアニストの余技といった捉え方をされるべきではありません。アナリーゼを手がける人が、正統的な訓練を受けた人なら、ショパンの作曲技術や面白さに感嘆することでしょう。
譜例70、3小節目から赤の波線までは、メインの展開につないでいく部分です。ここでは、楽曲全体の統一要素5度(赤い丸)が、うねりの音型のほとんど全部を占めています。赤い丸は一部しかつけておりませんが、2段目まで続きます。詳しくは下記の譜例71をごらんください。
左側の音はショパンのオリジナルです。上声部、頭のhの音を2オクターブ下に配置しますと、他の構成音は全て5度の音程となります。
こちらも同様です。他の部分も眺めていただければ、5度の音程で統一されていることがわかるでしょう。
2)Aの第1部と第2部による展開
音源:20’10”〜
この部分は転調に主眼が置かれています。接続部分は半音階的進行が続き、流動的であったのですが、ここからは調性が明確になります。
譜例72の1(Aの第1部)は2小節と2拍だけ現れ、Gis:に向けての経過的役割を果たします。2(第2部)からは異名同音を使って、Gis:からf:へ転調します。2から数えて3小節目、Gis:のⅠ度の構成音=gis his disはf:のⅢ度の構成音=as c esであります。
エンハーモニックに読みかえ、次の小節で属七を使い、半音階的に転調します。
譜面上は複雑ですが、しくみは簡単です。下記をごらんください。
譜例73は、同じ和声でありながら、調性が違うために記譜が変化していること(エンハーモニック=異名同音) を抜粋して記しました。
その後、第3部にかけてはf:が続きます。
3)接続2
音源:20’47”〜
譜例73
3と赤字で示されている部分から、A"(再現)に向けてつないでいきます。こちらの接続部分は、エンハーモニック、拡大、半音階の模倣を自由闊達に用いて、面白く展開しています。たった4小節のことですが、テンポがゆったりしていますので、材料を多めに使っても効果絶大なのです。詳しくは下記譜例をごらんください。
譜例74は譜例73の赤丸で囲んだ音(3から数えて2小節目から3小節目にかけての上声部)についての詳細です。ごらんのとおり、asとg→gisとfisisと読みかえてエンハーモニック転調します。(この部分の和声については後述)加えて、音価を4倍に伸ばして、内声に8部音符を配置し、進んでいきます。譜例73参照
同じ部分の内声について。こちらも(譜例75)g as→fisis gisとエンハーモニックに読みかえています。
譜例76は譜例73 3段目の1小節目、内声を抜粋したものです。この部分での重要な材料の一つに、半音階的進行があります。こちらでは半音階上行形を用いて、aisの音を1オクターブ上の上声部に受け渡します。
半音階的進行は、譜例73に青い線や矢印を使って示しました。譜例73参照
低音部、内声と2つの声部で半音階を用いて、変化と強調を意識しつつ、Aの2度目の再現になだれこんでいきます。
さて、この部分の和声について記します。
f:Ⅰ度→gis:Ⅳ¹(第一展開形)→Ⅴ₇→E:ドッペルドミナント(減7の第二展開形)→Ⅴ₇→
Ⅰ度(再現)となります。ドッペルドミナント(H:の減7)を使うことで、よりしなやかに転調できていると感じます。
ショパンの和声については、教科書的には外れている部分も多く、細かく分析してもあまり意味がないように私は感じます。今回は半音階的進行の補足のために、和声分析を行ってみました。全体的には和声よりも、ショパン特有の書法に注目して、ご自身の表現活動の指針とすれば、飛躍が望めると思います。
A"(二度目の再現)
音源:21’04”〜
譜例59を再掲しました。A"は第1部(1の赤字)のみ再現されます。2-Aの前の減七の音型を繰り返して、コーダに入ります。この減七の音型が、次のコーダの部分では大きな役割を果たします。譜例77赤い波線参照
C(コーダ)
音源:21’40”〜
提示部コーダの材料を使い、エンハーモニック転調を多用する接続部分です。和声の展開にショパン独自のものがあります。エンハーモニックは後の時代の、ワーグナーも多様しております。この部分だけを聴いていますと、ワーグナーなのか?と思う時もあります。
譜例78 、赤い縦線の間がコーダです。
前の部分(A")のE: 減七のアルペジオを受けて、こちらでも減七の和声が続きます。最初はE:次は平行調のcis: ・・・いずれの調性も減七は共通です。
5小節目からは、cis:のドッペルドミナント=dis:の減七をはさみながら、Ⅴ₇が続きます。このⅤ₇をエンハーモニックに読みかえ、C:という遠隔調に転調し、その後もめまぐるしい調性の移り変わりを経て、原調のH:のドミナントに落ち着きます。
詳細は下記の譜例をごらんください。
譜例79は譜例78の2段目、1小節目のC:へのエンハーモニック転調の詳細です。
赤丸の音符 his→c dis→es gis→asと読みかえます。右側の和声は、C:の同主調であるc:のドッペルドミナントの下方変位の減七です。文面では難しそうですが、実際の音はさほどでもありません。しかし、分析をするならば、初級〜中級程度の和声の知識は必須だと思います。
下記の譜例80は、原調のH:へのエンハーモニック転調、詳細です。
二つの和声には共通する音があります。>fとdes 赤線で結ばれた音
この二つの音をエンハーモニックで読みかえます。右側の小節をごらんください。
f→eisに、des→cisとなっています。このように、エンハーモニックすることにより、H:ドッペルドミナントの構成音として使うことができるのです。
多少複雑な和声構成となっているのは、低音域の下降音型を生かすことを第一に考えたからではないでしょうか?
音源
Cyprien Katsaris Plays Chopin 12 Piano Sonata No.3
トリオ後半は、19’53”からスタートします。
次回は再現部です。↓ ↓ ↓