天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

目に見えないもの〜続〜

2011年は東北の地震がありましたね。その頃から、私の人生も大海原に放り出されたような状態が続きました。節目といいましょうか?作品を作り始めた(文章を作り始めた)のもその頃、25年来の友人が亡くなったのも2011年11月でした。

この友人がひどい体調不良に悩まされていたときのこと。病院に検査に行くといって、ずっと自宅を留守にした時期がありました。われわれ、毎日のように連絡をとりあっておりましたので、1週間も2週間も音信不通というのはありえないことでした。

7月の初旬、蒸し暑い日でした。何をするのも億劫で、ため息をつきながら、寝転んでいたところ、後ろからグイグイと2度押されました。まるで人間の手のひらで押されたような感触でしたので、今でもよく覚えています。

後ろに人がいたのではないか?と思われる方もいるでしょう。私の後ろは壁なので、人が入り込む余地はありません。

地震のあった年ですから、大きな余震があったのかもしれないと思い、ヤフーニュースを見にいきましたが、地震は発生していなかったです。

 

そのとき、友人に何かあったのではないかという気持ちになり、電話してみました。

「長いこと留守にしてたでしょ。たった今病院から戻ってきたところよ。でもゆっくりしてはいられない。これからすぐに入院するの。大腸ガンで、手術することになったから。」と友人はさばさばとした口調で話していました。あのとき連絡しなければ、友人と普通に話せる機会はなかったと思います。

グイグイ押されたのは、目に見えない何かが、友人の危機を私に伝えようとして、合図したのかもしれません。

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その後もいろいろと不思議なことがあり、その暗示によって、長くはないのでは?との予感もしていました・・・しかし、能力者でもなんでもない私の直感など、単なる思い過ごしであると考えるようにもしていました。

友人とは家族ぐるみのつきあいでもありました。手術の時も、お嬢さんから電話がありました。猫目石さんには言っておいたほうが良いと思って電話しました。手術中に腸が破れて、がん細胞がお腹の中に散らばってしまいました。全ては取りきれませんでした。」と、本当のことを伝えてくれたんです。

その友人が退院してきたとき、会うことになったんです。父は「その人は長くは生きると思うけど、今会っておいたほうがいいよ。」と。長く=3ヶ月くらいのことを指すようです。ちなみに父は医師でした。(父が84歳の時の出来事でした。その頃もまだ父は働いておりましたね。)

その父も2017年の東京の桜の開花日に90歳で亡くなりました。今年も父の命日が東京の桜の開花日のようですね。2回忌となります。私、父が亡くなった年あたりから、目に見えない何者かの力を意識するようになってきました。つい1週間ほど前にも、不思議な出来事がありました。

小学生の頃の不可解な出来事や、2011年のことは、前哨戦のようなものでしょうね。

父は霊的な人でした。私が気の進まない西洋占術を切り捨てて、方向転換できたのは、父のおかげでもあったのです。亡くなる二ヶ月ほど前に、猫目石のうちにいって、音楽を聴きたいな」と話していたようです。しかしその後転んだことが引き金になり、動けなくなり、実現しませんでした。父は誰に悟られることもなく、いつの間にか亡くなっておりましたので、「音楽を聴きたい」という言葉が遺言だったのだと思っています。

続きはまた近々書きますよ。