天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

2019年の春彼岸が明けます

彼岸はその年によって違うんですね。今年は3/18〜24日(本日)まで。父は春彼岸に亡くなりましたので、彼岸には特別な思いがあります。

東京では桜も咲き、多少寒いながらも、人々の心も華やいでいるように感じます。それは私とて同じです。桜花をみれば、父を思い出す・・・父は良い時に亡くなったものだと思います。

22日(父の命日)には、施設入所している寝たきりの母のところに行ってきました。母は寝たきりですが、食欲だけはあるので、草餅、草加煎餅、いちご、ほうじ番茶、チョコレート、ポンカンなどを差し入れて、2時間ばかり話してきました。

「お父さんは良い時に、楽に亡くなったものだ」という話がいつも出ます。母は「あんな楽な死に方ができるなんて・・」と言っておりました。施設では、認知症のおじさんが大声を出しており(個室のドアを閉めていても相当響きます)、父は死ぬまであのようなことはなかったので、幸せだったのかもしれないと思っています。

唯一の残念なことは、死ぬ間際まで仕事ができなかったことです。母とも話しましたが、「もし東京に来なければ、今も細々と仕事をしつつ、生きていたのではないか?」ということです。

年寄りでなくても、引っ越し、長期の海外旅行などは、大きく人生を変える元だと私は思います。父は亡くなる前の年(2016年)に、私に電話をかけてきました。その頃、私は多少、西洋占術を手がけておりましたので・・・父は易だと勝手に勘違いしておりまして、「今後仕事をやめるべきか、続けるべきか、易でみてほしい」とのことでした。

あのときは、タロットカードでみたのですね。その結果は、「続けるべき。続けなければ神経症になります。」とのことでした。私は的中したと思っています。>ここだけの話

現実には、無理に引っ張られるようにして、東京に出てきて、寿命を縮めたのだと私は思っています。東京といっても都下でして、父の行きたくない場所でした。父は今の私の住まいの近所なら良いと思っていたようです。

昨秋、父の遺骨を私の住まいにもってきました。狭いので仏壇の置き場所はなく、ピアノの上に写真立てを置いて、その前にお供えを置き、線香立てがわりのカップを置いています。先祖代々の仏像は私が保管しています。歴史が長い血筋ですので、仏像も古すぎて、壊れています。これも、父の遺骨を納めるときに考えたいと思っています。

お墓はあるのですが、その寺と父はあまり折り合いがよくありませんでした。せめて死んだときくらいは、父の好きな場所にと思って、あちこち探しましたが・・・亡き父に問いかけてみたところ「おまえの近くが良い」と囁いてくれましたので、私の行ける範囲で、数カ所を候補に選びました。

父が亡くなってからというもの、私は父の声??のようなものをたまに聞くようになりました。多くは注意点や、今後の予測を前もって囁いてくれます。気のせいかと思っていたのですが100%的中しております。いつも後になってから、「あのときのお父さんの言う通りになったよ。」と亡き父に語りかけています。

親は死んでも子供のことを心配しているのかもしれません。

父との思い出で、最も心に残っているのは、小さい頃、海を見につれていってもらったことです。水平線を船が上ってくるのを指差して、「地球は丸い」ということを教えてくれました。

子供には似つかわしくはない、カップ、砂時計なども買ってきてくれました。今でもカップは食器棚に入れてありますが、今後は父の持ち物であったライティングデスク のほうに保管しようと思いました。いつでも目につくところに置いた方がよいでしょう。

子供には馴れ馴れしい態度をとらず、無口でしたが、それ以上の何かをもっている人だったと思っています。

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