前回は、概略と序奏+循環部A(上記のリンク)を分析いたしました。今回は循環部A1に入ります。
循環部A1
音源:24’52”〜
この部分、Aの旋律に装飾を加えただけではないか?と感じる方もおられるかもしれません。一見したところ、装飾的バリエーション風ではありますが、精査しますと、現代に通じる面白いところが随所にみられます。
今回も前回と同様、三部分にわけて、分析いたします。
1︎⃣A1 はじまり
譜例94
A1ではAの素材を発展させ、響きの多様性を追求していると感じます。加えてAより、音色が美しく聞こえるような配置になっています。それは左手のポジションが広がっていることと、オクターブと単音が注意深く配置されているからです。それはfで弾くための考慮でもあるでしょう。
さて、A1の最初の部分、主たる材料を下に列記します。
- 5度音程 4度も含む(5度の転回音程) (赤い矢印 赤い丸で囲んだ部分)
- 2オクターブの広がり (黄緑の丸 線)
- 1オクターブの広がり (オレンジ色の矢印、三角)
- 1楽章1テーマのあたま逆行 (緑色の丸)
譜例94の1小節目を例にとり、詳細を記します。下記の譜例95をごらんください。
右側の2小節。これは2拍目の部分です。eの2オクターブにわたる配置、加えてgとaisを重音にしつつ、オクターブ上に配置すること。ペダルの効果もあり、豊かで広がりのある響が得られています。
6/8は、で数えて2拍にとることは周知の事実です。この2拍目に当たる部分に、上記のような配置がされていることは、勢いをもたせる意味もあるのではないか?と考えます。これはマーチ風の感覚=1 ₂ 1 ₂ (1拍目にアクセントがくる)ではなく、2拍目に勢いをもたせて、1拍目に歌いかけ、横の流れを重視したのか?もしくはショパンのピアニストとしての経験から、自然とこのように書けてしまったのか?いずれかの理由によるものと思います。理由はともかくとして、激情を表現したかったのではないかと思います。
カツァリス さんの演奏は、上記の特徴を意識しておられると感じました。特に、譜例94 3小節目(続くD-durの同様の部分も)、ルバートをかけてたっぷりと次に歌いかけておられます。
左側の小節は完全5度をつなぎあわせています。これは1楽章から続く5の暗示です。
これらの材料が絡み合い、且つ2拍目の和声が減七に変化していることからも、緊張と孤独の暗示の強まりを感じました。
その後は上記の材料も含みつつ、新たな材料が出現します。 再度譜例94の3小節目をごらんください。譜例94へ
詳細は下記に記しました。まず、譜例95。
譜例95は譜例94の3小節目1拍目の一部です。(わかりやすくするために、4度5度以外の音を抜いています。)低音域の5度、高音域の5度と転回音程の4度。音価を変えての配置は、厳密なディレイではありませんが、ディレイ的な効果も狙っていたのか?と勝手に思っています。
ディレイとは、下記のように遅れて鳴る音です。
下記の譜例96は譜例94の3小節目全体より、4度と5度のつながりを記したものです。(わかりやすくするために、4度5度以外の音を抜いています。)4度の模倣(fis-h→h-e)から転回音程の5度(e-h)を組み合わせてずらし、広がりがもたらされています。
上記はほんの一部をご紹介したまでですが、他にもこのような音の動きは多く見受けられます。
譜例97は中間部へつなぐ部分です。こちらでもなかなか面白いことが行われています。1小節目の半音cis-d(紫の丸)は中間部につなぐための準備として置かれています。2小節目に再びcis-dが現れ、dis-eと半音階上行形を形成し、中間部分につなぎます。一方左手は、右手の半音階上行に対して、下降形を形成します。
2︎⃣A1 中間部
譜例98
2︎⃣からが中間部です。循環部A=中間部の和声は原則として基本形でしたが、A1では転回形が主流です。そのため、Aより流れており、且つ強さの中にも柔らかさを感じさせます。
譜例98の赤線は、5度の連続を示しています。詳細は譜例99をごらんください。
譜例99は5度の連続を取り出して、つないだものです。音の高さが違っている部分もありますが、見やすくするために変更しました。5度の連続を保ちながら、素材の模倣を組み合わせて、進んでいきます。
この部分、循環部Aでは、属音(5音)が強調されていました。A1では5音の強調→5度の連続として読み替え、孤独や葛藤の色合いを強めているように、私は感じました。
譜例98の2段目、水色で囲んだ部分は、循環部Aと共通の材料、6度です。低音部と高音部でのかけあい、縦の線(6度の重音)を連続して、終結部へとつなぎます。
3︎⃣終結部(対照部Bへのつなぎ)
終結部は循環部Aと同じく、半音階を多用していますが、これだけで終わりません。下記の譜例100は終結部の後半です。
青で囲んだ部分は、ポリリズム的に動いています。和声の流れから、右手が3/4 左手が6/8の感覚です。カツァリス さんも、ポリリズムを意識して、弾いておられると感じます。
音源
Cyprien Katsaris - Chopin: Piano Sonata No. 3 in B minor, Op. 58
循環部A1は、24’52”からスタートします。
次回は対照部Bを分析します。
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「おーい」
「おーい」
「おーい」
「おーい」
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