天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

大昔の記憶がとぎれる

本日、猫目石一家は義理母92歳の見舞いにいってまいりました。前回くらいから、遠い昔に起きたことを忘れるようになってきました。

猫目石のばぁさんは、しょっちゅう見舞いにいっていますので、名前を忘れられたことはありませんが、妹はたまにしか行かないので、忘れられてしまいました。加えて、孫。孫の名前は義理母がつけたのですけれど、すっかり忘れてしまいました。

 

60年ほど前の記憶はなくなってきています。

 

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本日は、義理母の母親(猫目石のばぁさんにとっては祖母に当たります)のことがすっかり記憶から消えており、亡くなったことを忘れてしまっておりました。ちなみに施設入所時から先月の中旬(2018年9月から2019年9月初旬くらい)までは、自分の母親が亡くなったことは覚えていました。→枕元に立っていると言っていたくらいです。

 

猫目石のばぁさんは、「おばぁさんはわたしが中学生のときに亡くなったよ。もう50年以上も前のことで、亡くなった義理父(旦那)が最後まで面倒をみたんだよ。」と教えてあげたところ、義理父が面倒をみたことの記憶はよみがえってきたようでした。

 

義理母は50年前ということに反応しまして、「そんなに前に!!!!」とひどく驚いておりました。そして、猫目石のばぁさんに「一体いくつくらいでなくなったの?」と尋ねまして・・・

「82.3歳で亡くなっだけど、おばぁさんは亡くなることはわかっていたみたい。あと、長生きして、人に迷惑をかけたくないといつも言っていたよ。パパさんが、おばぁさんの好物を週に一度は出かけたときに買ってきて(滋賀県の名物などなど)あげていたから、そういうことも気兼ねしていたのかもしれないね。やっぱり、パパさんは娘の旦那だから、気遣いしていたね。」と言いましたら、びっくりしておりました。

「亡くなって葬式もしたし、お位牌だってあるしさ。今だに生きているなんておかしくない?」と教えましたところ、義理母も「そんなに長生きするわけないよね」とやっと納得したようでございました。

 

そして・・・前回くらいから義理母は「バカになった」と言い、本日は「ぼけているのではないか?」と話しておりました。自分で自分のことを分析しているのですから、まだ正常な部分が多いのではないかと思っていますが、だいぶ衰えが進んでいることは、明らかです。

 

衰えている割にはよく食べます。猫目石一家は太刀打ちできませんね〜 われわれのおみやげだけを、義理母は楽しみにしていますので、結構気遣って買い物をして、持っていっております。今日も明治屋さんに寄って、義理母の大好物を買ってまいりました。

果物も、酸味が強いのはだめなので、オーストラリア産のマーコットオレンジを買いました。ぶどうは直前に買わないと古くなりますので、パス。他にはお菓子や栗ですね。

義理母は手のひらほどの大きさの栗饅頭を一気に食べます。あんにケシの実が入ってるとか?おいしいのでしょうね・・・われわれは義理母の口元を目の保養的に見つめるだけでございます。

 

亡き義理父のささやきを思い起こしました。8月が山場だと。もしかしたら、今後もどんどんと記憶が失われていき、われわれの存在も少しづつ消えていくのかもしれないと思いました。そうなれば、出向いていったとしても、何の役にも立たなくなりますね。

いずれにせよ、1年前とは比べものにならないほど、衰えてきていることは確かです。

 

生き物はやがて、なくなる運命にあります。われわれも、義理父の死によって、大きく猫生、人生が変化いたしました。義理母のときも、人生観の激変を意識することになるでしょう。考えさせられた日ぃ←関西弁!でございました。