天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

七転八倒

mizuki-shiro.hatenablog.com

 

先日の上の記事に似た心境のサイトをみつけました。記事タイトルには独自の時間を得てとありますが、これは「自分の時間をとる」という意味です。多少書き方が悪かったのやもしれません。

で、下記の引用文。表現の方法は違いますが、猫目石一家の現状と似た心理状態のようです。この方、カウンセリングをやられている先生です。

 

最近、幸せだなーと思うようになった。

自分に合った土地で 自分に合った暮らしをして

ただ青空があって

樹があって海があって

太陽が照って 雨が降って

:中略:

 

 

それでわかったことがある。 「幸せになる」というのは、我慢をしなくなるということ なのだ。 我慢さえしなければ、人はけっこう幸せだ。

 

我慢しなくなる=自分の進むべき道を見つけたということやもしれません。

我慢をやめること=世の中で生きられないとの考え方に凝り固まった猫さんへの、PRでもあるようですね、上の引用文。お金を払ってカウンセリングを受けたら、絶対幸せになれますよと遠回しに書いておられるのです

 

われわれは、カウンセラーさんに頼ったとしても根本的解決には至らないと思っております。土台を変えるには自分で意識するしかないと思うんですよ。

 

七転八倒。失敗を繰り返すことによって、経験を得て、生き物は強くなっていきます。よく、他人 他猫を変えることはできないといいます。その通りで、自分で行動しない限り何も変わりません。

 

占いを頼るのと同じです。良いこと言われたからといって油断していたらそのままです。大概占いが癖になっている方々は、行動が遅いです。行動しようと思っている間に時間が経って、人生終わっている。

 

他者が絡むものには、大概お金が絡んできます。それを良しと考えている人には何の問題もありませんが、われわれは疑問視しているんです。

 

 

 

七転八倒

古い昔の中国の話です。
大寧院可弘(だいねいいんかこう)禅師という人に、ある修行僧が聞きました。

「この道さえ歩いてゆけば、絶対にまちがいのない、真実の道(正真ノ一路)とはどういうものですか?」

可弘禅師が答えました。

七転八倒(しちてんばっとう)」(七回転んで八回倒れる)

「七転び八起き」じゃありません。
転びっぱなし、倒れっぱなし。

つまり、失敗の連続。
それが真実の道だ、というんです。

人間は努力をしているかぎり、これでいい、これで満点、なんてことはありません。
いつでも未完成、不完全です。

ただここで、大事なことは、転も倒も、具体的に動かなければ起きない現象だということです。
常に具体的に動くことが前提。

『生きていてよかった』角川文庫

 

上の引用文から、七転八倒することしか真実の道をみつけることはできないと受け取りました。 

これは・・・食える、食えない、世の中に合わせるなどという小さな考えは捨てること。人 猫 に受けそうだとか、仕事につながりそうだとか考えていては、どんどん迷路にはまりこむ。目先の欲に惑わされず、まず動いてみてから考えようということではないかとも思いました。

 

 

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七転八倒すれば頭は空っぽになります。これが良いのやもしれません。

 

ところで、ここ数日で気づいたことがあります。約30年前に起きた出来事と30年後とが連動しているのではないか?と。見本は30年前にあるんです。

猫目石家もご多分にもれず、めでたいこと、苦しいことが30年周期で回っております。苦、楽は背中合わせであり、この2つを本当の意味で理解しなければ物事は成就しないのやもしれないと思う今日この頃でございます。 つまり、30年に一度、七転八倒するチャンスを得て、生の終わりに近づくことができるのでしょう。