天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

マインドフルネスと禅

最近、マインドフルネスという言葉があちこちで飛び交っています。スピ系のセミナーやスピ系のblogなどでもよくみる言葉です。スピ系と心理学を組み合わせ、しかも「あるがまま」などと、亡き義理父が三聖病院(森田療法の病院で現在閉院)でもらってきた掛け軸と同じ言葉を記しておられるのをみると、疑問を感じます。

 

猫目石一家は、だいぶ前にNHKのサイトでマインドフルネスの実践動画をみて、多少やってみたことがございます。付け焼き刃でしたが、やってみてすぐに体調が良くなっていくのを感じました。われわれ、理屈で物事を考えるのは不得意ですが、言語化が難しいものを理解することは一般猫、一般人よりは得意だと感じております。これは音楽を続けてきたことの利点かもしれません。

 

ただ、その後は忙しさに紛れて、忘れてしまっておりました。おそらく、忘れたということは、それほど興味をもてなかったのでしょう。

 

それはともかくとして・・・

 このマインドフルネスに再度興味をもちはじめたのは、twitterでの出来事があります。ハイライトってありますね?7月ごろまではある演奏家の方のつぶやきが、くまモンのつぶやきなどと共に猫目石のアドレスに送られてきていたんです。(ちなみにわれわれはくまモンファンではありますが、この演奏家については全く存じあげておりませんでした。)

 

この方はブラス専門で、われわれにとっては遠い存在であり、twitterをやらなければおそらく知る由もなかったでしょう。ところが・・・最近その方のハイライトがなくなり、くまモンの書き込みだけが流れてくるようになっていました。

 

あの人どうしたんだろうね? 

きっと何かあって、twitterから足を洗ったんじゃないの?

 

数日前、われわれはある出版社のサイトに偶然たどりつきました。何の気なしにサイトをみていると、見覚えのある顔写真とともに、訃報のお知らせが載っておりました。

 

「あ・・・この人だ。最近書き込みがなくなったと思ったら、8月1日に亡くなってたんだね。まだ50代だってさ。」

「命って突然消えるんだね。」

「わたしもいつ消えるかわからないよ。」

「本当に猫目石一家にとって大事なことだけをやろうよ。」

このように話していたところ、猫目石のばぁさんの脳裏に突然「マインドフルネス」という単語が浮かび上がったのだそうです。

 

おそらく思いつきだったのでしょうけれど、まず意味がわからないことには先に進みません。検索をかけてみましたところ・・・

「今を大切に生きる」と説明されているサイトをみつけました。

 

これって、義理父が生前中にお世話になった、三聖病院の治療方法にそっくりじゃない。森田療法ってゆーのは土台に禅の考え方があるからねぇ。てゆーことは、禅宗とマインドフルネスは同じなのかなぁ?

 

ばぁさんはブツブツ言いながら、「禅とマインドフルネスの違い」という文字で検索をかけました。で、引っかかってきた文章に「マインドフルネスと禅は違う」とありましたので、クリックしましたところ、ネルケ無方とあります。その後トップページにとんでみてやっと、安泰寺というお寺のHPであることがわかりました。

 

ネルケ無方とはドイツ人の住職さんの名前であることも、トップページをみたりしてわかりました。しかも安泰寺というのは、由緒ある曹洞宗のお寺であることも初めて知りました。お寺は山奥にあって、最寄りのバス停から歩いて50分。檀家をもたず、自給自足で生活しておられることも知りました。

 

われわれ時間の経つのも忘れて、安泰寺のサイトをあちこち見回り、youtubeネルケ無方さんの講話を聞いてみて、非常に共感を覚えました。これは猫目石一家のルーツにあると思います。先祖さんに、曹洞宗のお寺をやっておられた方がいること、うちが曹洞宗であること、亡くなった義理父が救われたのも禅宗のお寺の門(東福寺)をくぐったからという思いがありますので・・・そんなこんなで、猫目石の血には禅の考え方が染み付いているのでしょう。

 

ちなみにばぁさんは宗教が大嫌いなんです。でも禅の考え方だけは受け入れられるのだそうですよ。それはともかくとして、ネットだけでは知識が断片的ですので、1冊本を読んでみようということになりました。

 

 上の本を購入いたしましたところ、著者の山下先生も安泰寺で修行された方とのこと。しかもマインドフルネスと禅宗、どちらも修行されているというお話がありました。まだ読了はしておりませんが、半分ほど読み進めたところ、マインドフルネスというのは、無意識の領域(潜在意識)を指しているのではないかと感じました。

 

奥が深いといいましょうか、マインドフルネスと禅とを結びつけたならば、何をやっていいかわからない方、道が見えない方などにも良き結果が得られるのではないか?人に指図されるのではなく、自分の力で歩むべき道を発見できるのではないかと感じましたね。

 

われわれは、マインドフルネスの意味は知りませんでしたが、義理父が亡くなってからというもの、亡き義理父のささやきを耳にし、このささやきが現実となる体験をしております。ささやきは亡き義理父のものであるのか、われわれの無意識の領域から発しているものかはわかりませんけれど、以前にはなかった現象でしたので、不思議に思っております。

 

何らかの出来事が引き金になって、無意識の領域を少しだけでも活用できる体質に変化したのやもしれませんね。長くなりますので、後日改めて続けます。