天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

お迎えが来つつあるのか?

猫目石一家、92歳義理母の見舞いに相変わらず通っておりますが、だいぶ方向性が変わってきたように思います。多少は楽になりました。

 

ちょっとくらい施設の職員さんに怒られても、文句を言わなくなりました。1年前はかなりの文句屋でした。→ボケが進んだのかもしれません。

 

また、猫目石家の生活が今月から変わり、前の晩に夜更かししても、無理して起きる必要がなくなったことも一つの理由です。以前は義理母の施設訪問の日は、常に寝不足でした。加えて、マインドフルネスの瞑想が効いていると思います。>如実に!(これはまた後ほど記事にいたします)

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義理母、先々週までは、義理父が亡くなったことをどうしても認められなかったようです。ところが亡き義理父が上機嫌で夢に現れたようでございます。義理母は夢と現実とが混在しているらしく、「パパさんがきてね〜」とまるで生きているように話しておりました。「パパさんはどこかの施設にいるの?」と、金平に質問しておりましたよ。

 

金平は何度も「パパさんは2017年に亡くなったよ」と教えてあげましたのにね〜 

 

少し前には、義理父の顔も忘れたと言っておりましたのに、ゆで卵が大好きだったことを思い出したようです。記憶がまだらなんでしょうね。

 

われわれ、義理母の記憶力テストのために2週続けて「パパさんが来たんだって?」と質問してみました。認知症は短期記憶ができないといいますね?それなのに義理母、しっかり覚えておりました。

ということは・・・もしかしたら亡き義理父のお迎えのはじまりではないか?とも思い始めました。

 

お迎えが来なければ、絶対に向うの世界にはいけないそうです。どこかの医者さんが書いていました。母もそうなのやもしれません。

 

ただ、義理父は自然に亡くなっていました。誰も亡くなったことに気づかず、朝になって義理妹が訪れてみると、倒れておったようですよ。(その日は猫目石一家は、お見舞いに行くと約束していた日でして、出かけようとした矢先に亡くなったと一報が入りました。死に目には、誰一人として会えませんでしたね〜)

 

義理父はお迎えが来たなんてことは、一言も言っておりませんでした。ただ、亡くなる一ヶ月ほど前に、「もう生きられない」とつぶやいていたことより、死を受け入れていたのでしょうな。

 

義理母については、ほんの少し耳が遠くなってきたようにも思いました。以前は地獄耳でしたのにね〜 人間は耳から衰えるときいたことがあります。まぁ、92歳ですから仕方がないとは思います。

 

話の理解力はあります。仏教の話は興味深そうに聞いておりました。施設でも仏教の話をしてもらえば、いいのにと言っておりました。われわれの話に相槌を打ったりもしておりますし、突拍子もないことは言いませんので、よしとしましょう。

 

いつ亡くなるかわからない大年寄ですので、制限を設けず、好きなものを食べていただきたいと思っております。こうやって世話ができるのも、猫目石一家が仰せつかったお役目だと思うようになりました。今しかできないことを優先すべきなのでしょう。多忙ですが、われわれがやるべき別のお役目もスムーズに進んでおります。これも例の瞑想と出会ったおかげだと思っております。