前回まではショパンのピアノ曲を分析してきました。今回はラヴェルのピアノ小品「亡き王女のためのパヴァーヌ」をみていきます。
概略
この楽曲はシャブリエの「牧歌」に似すぎているとの指摘もありますが、私の耳には多少似ていると感じる程度でした。反復進行の和声、スタッカート、コーダの和声展開など、先人の用いた材料を、Ravel独自のものにしていると思います。
シャブリエ 絵画的小品集より「牧歌」&「村の踊り」 アニー・ダルコ(P)
youtubeでは、多くのピアニストがこの楽曲を演奏なさっています。私にはアニー・ダルコさんの演奏がしっくりきました。ペダルを使わず、スタッカートでとばしている演奏もありましたが、あまり牧歌的な感じを受けませんでした。
パヴァーヌはロンド形式でありますが、接続部分がほとんどなく、唐突な印象を受けます。しかし、メロディや和声の醸し出す何ものにもかえがたい美しさが、欠点を覆い隠していると思います。長谷川良夫著、作曲法教程にも、ラヴェルの緩徐楽章はメロディ命であると記されています。
Ⅲ度 Ⅵ度の多用、対照部(C)の教会旋法の色彩感、などにより中世的な印象を受けます。
循環部A
赤と青で囲んだ音は、交互に配置されています。音域が離れているところから、2つの楽器を、最初から想定して書いたのではないかと思いました。念のため、オケスコアを確認しますと、赤丸=コントラバス 青丸=チェロとなっていました。ちなみにオケスコアでは弦楽器全体に弱音器をつける指示があります。これは単に音を小さくするだけではなく、霧のかかったような雰囲気を欲しかったのだと思います。
譜例1の2小節目の和声はⅢ¹(Ⅲの第一転回)→Ⅵ となっています。Ⅲはドミナントとトニックの役割があります。この場合はドミナントです。ドミナントとして使用する場合は、第一転回形を用いることが多いです。トニックとしての使用例は後ほど記します。
Ⅲ度の和声については、和声〜理論と実習(音楽之友社)ではほとんど触れられていません。
下記の大和声学教程では扱われておりました。ただ、この書籍は絶版となっているため、プレミアがつき高価です。ちなみに私は、大和声を終えてから、和声〜理論と実習をやりました。大和声は古い世界観でもって書かれておりますが、自由度が高い印象がありました。(ガチガチの決まりがないため難解です。)和声〜理論と実習は、基本をマスターするのには避けて通れない世界でしょう。
実際の作曲では、縛りからいかに脱していくか!自分の世界を構築できるかが大切です。現状は音楽が切望されていない時代となっていますので、学んだことを土台として、自分なりの新分野構築が必要ではないか?と私は感じております。

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譜例2はⅢ度をトニックとして使用した例です。2小節目はサブドミナントに進んでいますね。
対照部B
調性はhエオリア(h-moll)に転調します。循環部AのⅢ度がより強調されていると、感じさせられます。
譜例3の最終小節、黄緑で囲んだ部分は特徴的な五度の連続。東洋的な感覚においては、二度や七度などの当たる音を美しいと感じるそうです。五度の連続も同様です。
循環部A1
循環部Aの変奏です。
譜例4はオーケストラを想定して丸をつけてあります。赤で囲んだ和声はチェロ、青はビオラ、黄緑で囲んだ部分はヴァイオリン2、ピンクで囲んだメロディは木管楽器です。ヴァイオリン1はファゴットと共に和声を補填します。
オケスコアをみると、赤で囲んだ和声はそのままチェロのパートに置き換えることができているので、作曲者は最初からオケ版を作るつもりでかかったのかもしれないと、思っています。
対照部C
大部分が教会旋法によって書かれています。下記譜例5、対照部Cの入り口をg-mollと記している方もいますが、私はGドリアと考えます。その後はGミクソリディアに移旋(別の旋法に変わる)します。
譜例6はGドリアの音階です。g-mollであれば、赤い丸をつけた音eは半音下のe♭です。譜例5のC、e♭はなくeが選ばれていることがわかります。したがってここは、Gドリアと解釈すべきではないでしょうか?
譜例7はGミクソリディア。譜例5の2段目1小節目後半からは全てミクソリディアの構成音で書かれています。
譜例8は対照部Cの後半部分です。前半のGドリア、Gミクソリディアが完全4度上に移高され、Cドリア Cミクソリディアとなります。そしてC1の手前で短旋法(短調)に移旋され、一旦現実に戻ります。ちなみに長調を長旋法、単調を短旋法という呼び方があり、これはdur mollが教会旋法から発展してきたことを示すものであります。
対照部C1
Cの繰り返しです。こちらも最初からハープを入れる設定にしていたのか、オケスコアでもハープのみがバリエーションされています。
循環部A2
循環部Aの変奏です。オーケストラ版では、伴奏音型をハープがとります。循環部A A1は弱音器つきの弦のpizz.がとっています。
音源
Bertrand Chamayou — "Pavane pour une infante défunte" (Ravel)
フランソワの録音もありましたが、あまりに遊びすぎていると感じたので、同じフランス人の ベルトラン=シャマユさんの演奏にしました。素晴らしいと思います!
それからフジコ=ヘミングさんの演奏、個性的で良いと思いましたので、貼り付けておきます。彼女は耳が悪いのに、よく演奏されていますね!対照部Bの内声、弱音ながら、さりげなく響いてきます。この楽曲に関しては、彼女の演奏は良いと思いました。
他の日本人男性ピアニストの演奏(日本では現状最も名の知れた方です)も拝聴させていただきました。楽譜を見つつ、聴いておりましたが、強弱が譜面通りではなく、一本調子です。
対照部Cなどの和声も大きすぎて私の耳にはきつかったです。対照部Cはこの楽曲のクライマックスだと私は思っていますのに。シャマユさんの演奏と聴き比べれますと、全く違う楽曲のように感じる方もいることでしょう。教会旋法を使っており、古めかしい雰囲気が、譜面からは滲み出ておりますのに、音符の奥にあるものが別物に変化していました。
この楽曲のオケ版、本文にも記しましたように、弦は最後までコンソルディーノです。つまり柔らかで、霧に煙るような音が要求されています。ラヴェルはピアノ版のときから、オケにアレンジすることを想定して書いていたのではないか?ということも記しましたように、常にオケの楽器をイメージして弾いたほうが良いと、私は勝手に思っております。
譜面にfがないわけではありませんが、f=大きな音というイメージではないように、思います。そのへんが、私の感覚とはかけ離れているように思いました。
いずれにしましても、私は非常に驚くと同時に、音楽の世界に大いなる疑問を感じました!!
次回の楽曲は未定ですが、近代までの楽曲を続けて分析していきます。
尚、無料ワンポイントレッスンは終了いたしました。何かありましたら、コメントをいただきたく思います。どうぞよろしく。