天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

2019年

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今年を振り返って

今年の猫目石家は、創作の対外的な面については、ほぼほぼ白紙の状態でした。義理母の施設通いがありますと、先が見えず考え込むことが多かったです。それでも2018年よりはだいぶ楽な立場となりました。あの年は朝も早かったですし、せん妄状態+ほぼ盲目+排泄がうまくいかない+歩行困難+不眠で深夜もテレビをつけっぱなしの義理母の世話に悩まされました。金平はストレスで毛が抜け、ばぁさんは腕の激しい痛みや蕁麻疹に泣きました。特に昨秋以降〜今年の10月頃までは体調を崩しっぱなしでした。

吉報あり 青天の霹靂

10月下旬までは面白くない日々の繰り返しでしたが・・・

11月末、突然われわれの苦悩をふっとばすような吉報がもたらされました。今まで何を悩んでいたのだろうと思うことしきり。猫目石一家にとっては、良き意味で青天の霹靂でしたね。騙されているのやもしれないと思うほどの出来事です・・・本当に人生 猫生何が起きるかわかりません。

この一件により、われわれは全ての計画を練り直しました。昨年からの亡き義理父のささやきとも合致しており、さまざまな面で義理父の進言を受け入れる必要がありと思っています。(こちらに忘備録として亡き義理父のささやきを記しております。本日読み返したところ、97%程度現実になっており、やっぱり〜と思った金平でございました。)

マインドフルネスで救われる

10月末よりひょんな事から手を染めることになったマインドフルネス瞑想は、猫目石一家に大いなるプレゼントをくれました。第一に昨年からの体調不良が、治ったこと。目の不調は今では全く感じなくなりました。10代から何かあるごとに起きていた持病、過敏性大腸炎も全く起きなくなりました。

加えて、猫目石一家の遺伝、アトピー性皮膚炎のひどいかゆみも終息をむかえております。アトピーについては、肌の色が広範囲にわたって茶色っぽくなり、ごわごわしていたんですよ。薬をつけても全く効かない状態が6年ほど続いておりましたのにね〜 マインドフルネスをはじめてから、薬が効くようになり、今は痒みはほぼほぼ感じなくなっています。こうなると薬をつけるのを忘れるようになります。茶色っぽい肌の色も、抜けてきて、普通の方々の肌に近づいております。以前は肌にかさぶたが被った状態で、これがパンくずみたいにあちこちに落ち・・・知らない人がみたら怖い状態だったやもしれませんね。

猫目石家の病の源にあるものは、神経性のものであると思います。神経なんて簡単だと思われるやもしれませんが、見えないだけに非常にやっかいなものだと実感しております。われわれのような脳みその持ち主にとっては、マインドフルネス瞑想や上座仏教の勉強をすることは、必要不可欠なのでしょう。上座仏教の教えをみていますと、創作活動そのものであると思うことも多々ありまして、親近感を覚えています。

お釈迦さまは仏教を哲学ではなく、現実を生きる知恵として説かれていたのやもしれません。こーいうのいいですね!

noteをはじめたことで、脳科学と仏教の専門家や、マインドフルネス低減法のインストラクターの方々の教えを読むことができ、学びが深まっています。

潜在意識との対話

潜在意識との対話ができるようになりまして、以前のようにタロットを使うことがほぼなくなりました。われわれにとってタロットは回りくどいです。タロットという道具を間に挟むために、狂いが生じる時もあると思います。瞑想を利用して潜在意識にアクセスすることは、ダイレクトですので狂いがありません。

ところで・・・

2018年の6月頃から、重要な事柄は過去から決まっているのではないか?と思うようになりました。われわれは、ほぼほぼ経済や仕事に関することで、面白い出来事が起きております。

昨年6月、どうしても必要なお金があったのですが、入ってくる見込みがありませんでした。どうしようかと悩んでいましたところ突然「25年ほど前に仕事をしていただきました。再度お願いしたいことがあります。」とメールをくださいまして、お仕事をさせていただき、十分な料金をいただきました。このお金が入ってくることは決まっていたのかも?と感じた出来事でありました。

そして2019年秋。またもやお金が必要になりました。このときは、必要金額と同一額が印税として振り込まれました。そして年末。またもやお金が必要となり、焦りましたが、またもや必要金額と同一額が突然やってまいりました。

実は・・・・この件もお金に関することで、われわれの命綱的な意味があります。もし猫目石ばぁさんが35年ほど前に決断しなければ、このお話はなかったと思われます。

われわれが生きていく上で、必要なお金は決まっているのやもしれません。一家の体質や質にもよると思いますが、身に余るほどお金が入った場合には、困っている方々におすそ分け(寄付など)しなければ、何かの形で出さなければならなくなるやもしれませんね。(例えば大病など)

そういうことを如実に感ずるようになり、猫目石一家は社会貢献を考えて、仕事の構築を進めたいと思っております。何やら堅いお話ですけれど、このようになってまいりました。