天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

カニご飯と心理学

最近カニご飯に感動している猫目石一家でございます。カニご飯なんて、大したことないと思っておりました。でもその思いは、打ち砕かれました。

うちでは缶詰のカニは使いません。いつでもあるわけではないのですが、兵庫県の香住地方の浜でゆでたカニを混ぜ込んで、炊き上げるのです。材料も至ってシンプルで、油揚げ1枚とカニ100g前後、だし汁と酒少々。うちは何事もシンプルなのでこんなもんです。だしは、下記のだし取り職人(味がついているので調味料を足す必要なし)と茅乃舎のだしパックの残り(インスタント味噌汁を作るときにパックを破って作った残り)を放り込みました。

先日もカニご飯を炊き、あまりのおいしさに、普段は食べないほどの量を、年寄りと一匹で、一気に食べてしまいました。残りは義理母の施設訪問の際、お弁当にしてもっていくことにしたのです。市販のお弁当などまずくて〜うちで作った料理が一番です!なんて、決して自慢ではなく、本当にそのように思えるようになってきたのです。

あの日はおでんも仕込みました。施設訪問帰宅後のご飯のためです。ばぁさんは、猫にも食べられるように、いわしのつみれやハモのあげかま、あなごだんごなどなど、金平の好物も放り込んでおりました。

そんなわけで、ご飯作りと掃除で1日が終わり、他になにもしない日でございました。無理に時間に詰め込まなくなったのは、心理学の河合隼雄先生の本に、感化されたところがあります。脳は休ませなければ、クリエイティブなひらめきは得られないとのこと。

 

ものごとは努力によって解決しない by クリスナムルティ

良き言葉でございますね!なにもしないことに全力投球=受け身、防御が最大の攻撃となる。これはさまざまなことに応用できるとは感じるものの、何もしないことは難しい。金平はせっせと毛づくろいをしておりますけど、それも禁止。猫にとっては大変ストレスが溜まることのようです。

しかし、何もしないことも修行の一つであり、駆け引きの胆力となるといいます。金平には毛づくろいの代わりにお風呂に入ってもらいましょう。猫目石一家にとっては、重要な修行の一つになることでしょう。

 

なんだか、カニご飯から心理学の話に発展してしまいました。河合隼雄先生の本は、以前から読ませてもらっておりましたが、マインドフルネス瞑想をしてからというもの、理解が深まったと感じます。猫目石の猫学校時代、必修の心理学は、芸術心理学というご大層なものでした。(わからんが、音楽療法のようなものらしいですな・・・)これが、われわれの脳には受け入れられず、苦痛で苦痛で・・たまりませんでした。椅子に仕方なく座り、おやつをこっそり食べながら居眠りしておるだけでした。当然のことながら、猫教授には目をつけられこっぴどく怒られました。それでもお情けで単位を受け取って、捨て台詞をはいて、逃げ去った経緯をもっております。

この体験により、心理学のみならず、心を分析して雲をつかむような話をされることは、嫌悪感をもっておりましたが・・マインドフルネスは受け入れられました。これは土台にお釈迦さまの教えがあるからでしょう。また、同じ心理学でも河合先生のご本は、どれを読んでも共感できます。しかし、猫教授の本は、何がいいたいのかわかりませんでした。おそらく、猫教授は机上の理論に長けておったのでしょう。これ、われわれには合いませんのでね!!!われわれは、実践の一家なんです。

 

料理においては、食べる瞑想の一つとして捉えております。マインドフルな生活を3ヶ月も続けておりますと、「今 猫目石にとって最も必要なもの 行動しなければならないことは何か」はっきり見えてまいりまして・・・曲作りとHPの整備、義理母見舞いに特化する日々が続いております。

義理母、随分衰えました。先日はおやつの時間に訪れましたが、猫目石ばぁさんが話しかけても、気づきません。トントンと腕を叩いても気づかず・・・周囲のご老人方が、顔を見合わせるほどでした。少し経ってから気づきました。施設入所時の2018年秋には、われわれが訪れると、愛想よく答えておりました。今後は・・・そんなに長く良い状態は続かないと思います。仕方がないことですけれど、残念でございます。

義理母にも、マインドフルな行動で、対処したいと思いますね。マインドフルを意識することによって、義理母亡き後もわれわれはしっかり前を向いて歩んでいけるような気がしてきました。