天空の縁側

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作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

マルティン=ガルシア ガルシアさんの演奏、作曲など

ショパンコンクールで一躍有名になられた方。24歳のピアニスト、ガルシアさん。猫目石一家は、1次予選から、注目してました。それは下記の記事にあります。

mizuki-shiro.hatenablog.com

あのときは本選までは進んでいませんでした。われわれはショパンコンクール といって、大騒ぎして一極集中するような行動が好きではないんです。今回もたまたまyoutubeを通りすがった一匹と一人が、何となく書いてみたまでです。決してアドセンスを狙ったわけではありません。アドセンスについては、すでにやる気をなくして、放置です。

 

その後、ガルシアさんが本選でコンチェルトの2番を弾かれたことは知っていました。審査が全部終わってから拝聴させていただきました。歌いながら弾いておられるのは前から変わりませんね。だけどそういうのは、われわれは気にしないんです。

 

ガルシアさん、ショパンコンクール本選の演奏(ピアノコンチェルト2番)

youtu.be

われわれの耳には正統的な演奏だと感じられます。拝聴しておりまして、身体に馴染むと言いましょうか?また、オーケストラパートをバランス良く引き立てるような演奏であるため(テンポ、音色、音量が突出していない=オケと一つになっている)、貧弱さがありません。オケの音色と化学反応を起こして別物になったような音楽ではないので、トゲトゲしさがないんですね。

曲をご自身でよく分析研究しておられるのではないでしょうか?また、直接的表現ではなく、うちに秘めた情熱を別の形に変えて、表出しておられます。スコアに書かれたことがよく伝わってくる演奏です。このことからも、彼はこのような考えの持ち主ではないかと思っておりますわ。このような演奏を芸術的と呼ぶのでしょう。芸術とは?なんて書きますと、偉そうな猫族だと言われるので、書きませんわ。

 

3楽章のコルレーニョショパンの時代には新しい奏法だったと何処かで読んだことがあります。カスタネットを模倣したとか?カスタネットといえばスペインです。↓の演奏は

舞踊家でありカスタネット奏者のLucero Tenaさん。

youtu.be

 

ガルシアさんの3楽章、若々しく現代的で、且つオケと呼吸がぴったりで小気味よかったですわ。上記のように全楽章オケとのバランスがよく、本選に出た中では一番良い演奏だったかもしれないと思ってました。

 

他に、2楽章のレチタティーボのあとだったか??下降音型が、独特でした。こーいう表現もあるのかと思いました。最近ショパンなぞ興味がなく、ほぼ聴くこともありませんでした。サンソン=フランソワという波の激しいピアニストのビデオはもっており、過去には愛聴しておりましたが・・・

 

他の人族の本選演奏もほんの少し聴きました。一人だけ、過去に一度も聴いたことがない、遅いテンポの演奏がありました。われわれの耳には馴染まず、何か事故でも起きたのかと思ったほどです。専門家筋では、テンポは関係ないのやもしれません。われわれはその曲に応じたテンポでなければ、曲にならないと習っています。この辺が理解できないところです。

 

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ガルシアさんはとても手が大きな方。ですから小回りが要求されるようなcis-mollのエチュードなどは不得意?なのやもしれません。あの曲はエチュードの中では難しい部類ではありません。そのため、猫目石のばぁさんが高校生の頃、指導者に「この曲はそんなに難しいことないから、弾いてみたらよい」とすすめられたことがあるそうな・・ばぁさんは1オクターブがやっとの小さな手ぇをしてますが、ことのほか指が良く回るので、あの曲はそれほどきつくはなかった覚えがあるって生意気にも言ってますわ。

 

オクターブ連続や飛ぶところは、要領ですよ!手が小さくてもできるんです!ただ、まっとうな手の持ち主のように、オクターブをがつっとはつかめないので、どちらか一方に重心を寄せてかけあがるんですな・・・力の抜き方にもコツあり!

 

とのこと。ばぁさん、年寄りになって筋肉を衰えさせないように、今この曲を練習してます。鍛えれば自分の曲を録音するときの時間の節約になるからということ。ソフトを使えばミスタッチなぞ一発で直せますが、もってないので。

 

すでに世の片隅でちまちまと生きておるばぁさんの話はどうでもよろしい。ガルシアさんの話をしろよ!>金平

 

以下ばぁさんの話を金平が代筆いたします。

ガルシアさんのyoutubeチャンネルがあったのでオリジナル作品を拝聴しました。絵画に音楽をつけたものがありました。日本のピアニストもオリジナル作品を作っておられますね?・・・でもガルシアさんとは180度考え方が違うように思いました。

 

曲は、絵画を制作した人の奥にあるものを共有しようと思われたのか?内省的なモノを聴く人に放り投げていただけます。全部は聴いてないのですが・・・

自分が矢面に立つのではなく、絵画が中心。もしかしたら彼はピアノ曲もそんな思いで演奏なさっているのでは?

 

作曲家がどう考えたか?どう思って書いたのか?いろいろなことを想像分析しつつの、演奏=創作なのでしょう。

 

彼は、見えた姿と考え方は逆で、内面はシリアスなのやもしれません。まだお若いのに、人生の光と闇を感じつつ、行動されておるのか?

 

ベートーベンなども向いておられるのではないでしょうか。

 

ところで・・・ガルシアさんの演奏会があったとしてもわれわれは足を運ぶことはありません。隣に誰がくるのかわからず、気にしながら聴くのが苦痛なんです。それなら録音がいいですね。また、われわれような汚い年寄りとくたびれた猫が行けるような場所でもありませんしね。ああいう場所は着飾ったお嬢様がた、熟年のご婦人かたが、きらびやかに訪れるもの。猫目石一家には、全くもって不向きな場所です。

 

サイン会なぞに、出向くこともありません。気を使います。

消極的な猫と年寄り、この先も変わらないでしょう。ガルシアさんのCDが出たら買ってみようかな???

 

このblog、年内で一部の記事は終わりにしますが、演奏家 作曲家のカテゴリーの記事は、たまに更新、継続することにしました。おヒマな方は、読み飛ばしてやってくださいませ。