天空の縁側

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作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

音楽は教養なのか?

noteを更新いたしました。

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昨日3日は義理母の月命日でございました。昨日は歯科治療のための外出がございまして、般若心経は本日に回し、線香を灯すだけにいたしました。

 

ここに具体的なことは書きませんが、数ヶ月も前から知らされていたことが時期も含めて現実となり、驚いております。この一件のみが現実となっただけなら、偶然の一致で終わりでしょう。しかし、他のことも、97%の確率で現実になっておることを考えますと、予感といいますか?脳裏に浮かぶ一瞬を見逃すことはできないと思っております。

 

このような能力は、マインドフルネスをはじめてから体得したと思います。脳を休ませるために、20分程度の時間をとっておりますが、無駄ではない。誰にでもある能力なのに、使わないことはもったいないと考えるようになっております。

 

ところで・・・「教養としての西洋クラシック音楽とか「初心者向け西洋クラシック音楽入門書」といった書籍が数多く出ておりますね。数日前に検索をかけておりましたところ、驚くような書籍を発見いたしました。

 

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こちらの書籍。この本のタイトルや音楽に対するアプローチの方法を眺めただけで、「これは???」と思うところがございました。特にブラームスの弦楽6重奏曲(ピアノ版もあり)などは、われわれピアノ版をブレンデルさんの演奏で日常的に聴いておる楽曲でございまして・・・全く感じ方が違ったことに驚きを隠せません。

 

われわれの生まれる前「恋人たち」という映画にこの楽曲が使用されたようです。これが元となり、エロスという枠にはめられたのか?献呈したお相手のクララ=シューマンシューマンの奥さんであったことから、エロスに発展したのか?それはわかりません。

 

われわれ厳しい音楽であると思っておりました。全くもって甘い感じはしなかったです。ガラガラと崩れ落ちる音型が途中のバリエーションには出てきますが、だからといってこの音型が何に通じるのか?当てはめて考えることはしませんでした。

 

ブラームスが表現したかったことは、その当時のご自身の「今」だったのではないか?と思います。そこに無理やり後世の聴衆の考えをこじつけるのは、流動性がないなと思った次第です。

 

一般の方々が、「不倫の末に感じたことを曲にした」と知識を得て?聴くのはあまりよろしくないと思います。先入観を得ずに聴くことが望ましい。そのほうがより、自由な聴き方ができ、ご自身の音楽に関する成長を確認することができると思います。

 

文章ではなく、音楽です。音楽は目に見えない世界ですので、そのへんのことを理解するには、本など全く必要にすることなく、好きな曲を聴いていけば良いと思います。加えて、音楽は体験でありますから、好きな楽曲を楽器や歌でなぞってみるのもよろしいかと思います。

 

ベートーベンのピアノソナタ23番は、猫目石的には、ピアノのさまざまな響き(和声の厚みや音域も含め)を通して、明暗の世界を感じております。最初に2octのユニゾンがでてきます。こちらが1octでないところが重要。

 

2oct離れていることで、奥深い響きがする。テーマのあちこちに休みや空白の部分があります。こちらは無音や弱音の中にも、余韻や聞こえない響きがあることを感じ取ってほしかったのでは?と思います。

 

われわれはこの楽曲に、内なる情熱(花火のような)をみました。



昔、メシアンで有名なピアニスト、エマール氏がドビュッシーなどといっしょに、この楽曲をCDにいれておりました。もしかしたら?響きという点で、ドビュッシーに通じるものを感じ、ベートーベンらしくないアプローチをされたのやもしれません。

 

われわれは文学についてはど素人ですが、音楽をやっている人族猫族としましては、音楽的教養を得たいならば、別の方法をとったほうが、たしなみとしてはよろしいのではないかと思った次第です。

 

ベートーベンピアノソナタ 32番 1楽章

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