天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

相互リンクは歓迎いたします!

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過去に

FBからリンクを張っている方がおられました。解析より、楽曲分析の記事にのみ、リンクを貼っていると判明。楽曲分析もさまざまですが、私の記事は独自の考え方で行っております。収益化を目指して、拡散しようと思って書いているわけではありません。こちらの意図とは違っておりましたので、リンク削除をお願いいたしました。現在私はFBの会員ではなく、今後も会員になるつもりはありません。この意味でもお引き取り願いました。

 

しかし、相互リンクについては歓迎です。よろしくお願い申し上げます。

 

 

過去の話になりますが、他人の本名を掲示板に書きこむなど(友人の連絡から発覚)迷惑な行為をされている方がおりました。該当者についてはだいたい見えてきております。ご自身は良かれと思ってやっていることでも、こちらにとっては鬱陶しいと感じることがありますので、よくお考えくださいませ。

お互いに気持ちの負担にならない範囲で、楽しみましょう。

 

母92歳になりました

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8/19で母が92歳になりました。母は施設で寝たきり生活をおくっているため、外に連れ出したりして祝うことはできません。今週は天候不安定なので、(山間部に施設があるため)まだ訪れておりませんが、週末には顔をみにいきがてら、ぶどうのセットや他のプレゼントを渡してきます。

先月(7月)の訪問医の先生からの連絡によれば、「緩和ケア」ということになっています。この先は、良くなる可能性はほとんどないとのお墨付きです。この結果は施設入所からわかっていたことですが、先月より一段と死への距離が近づいたということやもしれません。

 

亡き父のメッセージとあっているようです。このblogには、猫目石家の備忘録としての役割もあり、大切なことは逐一記してあります。亡き父のメッセージは、下記の記事の下の方にあります。5/10の時点であと15回くらいで終わりだとの予告めいたささやきがあったという文章ですね。

mizuki-shiro.hatenablog.com

母は7月中旬数時間意識を失ったようです。その件については下記リンク先にあります。

mizuki-shiro.hatenablog.com

 今月はまだ、訪問医の先生からの連絡がきておりませんので、どのように書いてあるのか少し心配です。友人の話によれば、老衰型の方は、昨日まで元気だったのに、突然亡くなるといったケースが多いということでした。ある意味幸せな死に方でございます。

母はどうなのでしょうか?こればかりは誰も決めることができません。

 

われわれは自然の中に埋め込まれている小さな存在にすぎないことを理解する時が近づいているのやもしれません。生きることには大した意味はないのです。

猫目石家では、この生きることに意味づけをしないというテーマで、長きにわたって作品を作っております。現在は一旦休止し、今作っている曲を作り上げた後、再度かかることにしました。そのほうがスムーズに進むとのアドバイスが亡き父から猫目石のばぁさんに下ったようです。今の曲もかなりの大作ですが、その割には制作期間が短いため、書きのスピード&集中力の増大に良き影響を与えてくれるのだそうです。

作品は、猫目石家のライフワークとなることでしょう。大概、ライフワーク=道楽の位置づけでしょうが、われわれは形にします。約10年ほど前、他の仕事をやめてとりかかった作品、途中で放り投げることはあり得ないです。(仕事はピークを過ぎておりましたので、辞めた次第です。辞めてみて自分の位置付けが理解できまして、逆によかったと思っています。これとて、自然の成り行きなのでしょうな。)

 

ところで・・・介護について。

うちは専門家に任せたことがよかったと思います。昨年の9月までは自宅で介護をしておりましたが、技術的にも体力的にも限界でした。たまたま、母は施設が多い地区に居住しておりましたので、即入居できました。特別養護老人ホームではなく、民間施設なのですが、入所金はゼロでした。

入所のときは色々と調べました。しかし、すでに良くなる見込みがない老人を、遠方に連れていったり、出たり入ったりさせることは本人のためにもよくないと思い、今の施設を安住の地としました。母も最初のうちはいじいじしていましたが、今は満足だと言っております。

人生、猫生、なるようになるのです。

 

ショパン「ノクターン2番 op.9-2」〜ピアノ曲 楽曲分析〜

引き続きショパンの楽曲を分析いたします。今回はノクターンの中で、最も有名な曲、2番をとりあげます。ショパンノクターンの代名詞的な位置付けでもありますね。

 

 概略

ショパンが手本にした作曲家は、ジョン=フィールド。私は、ショパンよりクールでシンプルな印象を受けました。ノクターン2番のお手本の曲は、ジョン=フィールドノクターン集の1番です。

 


John Field ‒ 18 Nocturnes

 

和声的には減七主音上の減七が耳につきます。これは減七の柔らかな響きが、夜の雰囲気に似つかわしかったからかもしれません。この辺の和声の置き方が、フィールドとは違うところです。

小規模のロンド形式で書かれており、歌的なニュアンスが強いです。ショパンは歌が好きだったのでしょう。

循環部A  A1

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循環部A A1〜譜例1〜


全体は3つの材料で統一されています。

  1. 上行跳躍音程(赤で囲んだ部分)
  2. 倚音 後部倚音(青で囲んだ部分 波線)
  3. 刺繍音刺繍音的な音の使い方(黄緑色で囲んだ部分)

後部倚音の詳細は譜例2をごらんください。

 

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後部倚音〜譜例2〜

倚音とは非和声音のひとつです。譜例2右側の小節のように、拍の表や強拍に置いて、和声構成音に対して順次進行させます。後部倚音とは譜例2左側の小節のように、拍の裏や弱拍に置き、拍の表にある和声構成音に対して順次進行する音の動きを指します。(青の丸が倚音、後部倚音。これらの次の音が和声の構成音です。) 

 

次に刺繍音と派生した和声についてご紹介しましょう。譜例3をごらんください。

 

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刺繍音と主音上の減七〜譜例3〜

右側の小節は曲冒頭のメロディです。黄緑の丸は刺繍音といいます。縫い目のようにも見えますね。この刺繍音から派生した和声が、左側の小節です。こちらは刺繍音を模倣しつつ、和声を形成しているといえます。

譜例3にもありますように、主音es上でⅠ→減七(同主調からの借用)→ Ⅰと減七を囲んでの和声の動き。この良き効果が、旋律を盛り立て、ロマンチックな雰囲気を醸し出しているのでしょう。

この減七は別名準固有和音といいます。準固有和音とは、同主調の和声を借りることを示します。この場合はes-mollのⅦ₇ということになりますね。短調の和声を借りることにより、柔らかく繊細な雰囲気を得ることができるのです。

もしこの和声が、Ⅰ→Ⅴ₇→ Ⅰであったり、主音上の減七がⅤ₇であったならば、この楽曲はわれわれの耳にこれほど馴染まなかったかもしれません。和声の教科書的な考え方をすれば、減七使用のための、お手本のような楽曲だと思います。

 対照部B

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対照部B〜譜例4〜

対照部Bアウフタクトから入り、属調のB-durに転調します。

歌に例えるならば、循環部がソプラノソロ、対照部は男声と女声のデュエットのようにも感じられます。青い線で囲んだメロディを1オクターブ下げてみてください。対する女声はピンクで囲んだメロディ。この2つのメロディが支え合って動きます。

その後は、循環部A2→ 対照部B1→ 循環部A3と進み、コーダに入ります。

コーダ 

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コーダ〜譜例5〜

コーダ準固有和音のⅣ(オレンジ色で囲んだ部分)が印象的です。個人的には、歌とオーケストラの掛け合いを想定しているのではないか?と思いました。

音源


Nocturne No.2 Op 9-2 Cyprien Katsaris

カツァリス 氏の若かりし頃の演奏です。私は最近まであまり彼のことを知りませんでしたが、最近は実演を聴くなど、愛聴しております。

 

次回は、ショパンの楽曲か、古典派の楽曲で馴染みのある曲を分析したいと思います。仕事の都合上、しばらくは短い曲が多くなりますが、余裕ができましたら、歯ごたえのある曲も分析していきます。

 

ワンポイント無料レッスンなど 

分析への質問、その他音楽の質問、ワンポイント無料レッスンを受けつけています。詳細は以下のリンクから問い合わせてください。リアルタイムでのレッスンからは撤退しております。思うところあり、無料で質問にお答えする方法は継続しますので、ご遠慮なくどうぞ。

astro-music.link

 

ニガウリなどなど

猫目石家では、ばぁさんの数十年来の友人に教わって、最近にがうりのメニューが多くなりました。なかでも、にがうり+ニンニクの芽+豚肉の焼うどんは絶品です。他には、ニガウリの全てを余すところなく使う、味噌汁。中の白いところやタネも味噌汁に入れます。これがなんともおいしいのです。

酷暑の夏のスタミナ源といいましょうか。われわれ、昨日はニガウリの焼うどん、本日はニガウリの味噌汁とニガウリづくしですね。

ニガウリの焼うどんの仕上げに、沖縄の調味料、コーレーグースを一振りすると、おいしさが引き立ちます。

オイスターソースも無添加のものを。他のメーカーもありますが、徳島の光食品の製品が買いやすいかも。個人には売ってくれないのですが、ネットでは買えますよ。

hikarishokuhin.co.jp

 

猫目石家でも、以前は光のオイスターソースを使ってましたが、今は東都生協さんで別会社の無添加オイスターを買っています。オイスターソースが人工的な味だと、殺してしまいますね、お味を。

 われわれの以前からのお気に入り、ジンジャーエールです。これは本当においしい。騙されたと思って、一度飲んでみていはいかがですか?

 

最近は昔の調理法をくつがえすような方法が主流となってきているようですね。炒め物は強火で!は過去のお話。今は最初に油を温めることもしません。温まっていないフライパンに材料を入れ、油をふりかけて炒め始めます。

炒めたら、頻繁にかきまぜない。じっとみていて、たまにかき混ぜるのが良いのだそうです。この方法でやったところ、以前よりも炒め物が美味しく仕上がるような気がしています。キッチンの壁もそれほど油が飛ばず、掃除が楽。われわれにとっては、嬉しい方法ですね。

揚げ物も、低温でじっくりあげるのが良いようですよ。うちは揚げ物は滅多にやりませんの。ばぁさん、油がもったいないと言いましてね。

 

他に、肉には塩麹を絡ませておいておきます。なんだか肉特有の匂いが消えて、しかも柔らかくなるような気がしてます。われわれにとっては、欠かせない調味料ですよ。猫目石家では、下記の塩麹を使用しております。

 

ニガウリの味噌汁ですが、体に苦味が染み渡ります。ニガウリの白いところって、ちょっとぬめっとしているんですね。タネの歯ざわりもよろしいです。

 

生と死の間にて

猫目石家では、昨日亡き父のために、線香をあげました。本当は22日の月命日にあげたかったのですが、先月は梅雨が続き、窓を開ければ湿気が山のように入ってくるため断念。梅雨明けにずれこみました。

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実は、ばぁさんまた夢か幻かわからない体験をいたしました。一昨日、施設高齢母の見舞いに行く前、ついつい寝過ごしてしまったところ、亡き父が若くなり、以前の住まい(取り壊して今はありません)に戻ってきた夢をみたそうでございます。父は若返って、太陽の光を受けて輝いた感じで、薄茶色と白のチェックのスーツを着て、家に入ってきたのですが・・・その後畳の部屋に入って、いびきをかいて寝込んでいたそうでございます。

「お父さんは死んだはずなのに、おかしい」と母と語っていたのだそうです。これは何を意味するのかわかりませんが、とりあえずお盆が近いということで、戻ってきたのやもしれません。

おそらく父は取り壊した家に戻りたかったのでしょうね。仕事を続けるだけ続けたかったのだと思われます。亡くなる前に、「ここには(都下某所)来たくはなかった」とよく言っていました。残された道は、死ぬことしかなかったのでしょうね。

そういうこともありまして、父の納骨は西の方向と決めております。色々と探し回りましたが、高野山が良いのではないかという結論に達しました。

 

母の件。施設の職員さんのお話によれば、現在経過観察中なのだそうです。食事の前になると、疲れると訴えることがあるようです。食事は全部平らげても、体調が悪い時がある。何事もなければよいのですが・・・

われわれが訪れたときにも、食欲はありましたが、何か考えているような雰囲気でした。自重していると言っておりました。

 

父の予告は100%に近く現実化しております。気のせいだと思い続けておりましたが・・・ここにきて、従わなければ無理にでも軌道修正されると感じています。ばぁさん、先月目を悪くしたことで、治っているかどうか確かめるために、別の先生のところに行ってまいりました。まばたきするとちくちくするといった症状がありましたのでね〜

 

父は「別に行かなくてもいいんだけど〜」と言いつつ笑い声をたてておりました。しかし、素人のわれわれはいちお、原因究明のため、近所の新たなドクターのところに伺いました。まばたきするとちくちくする時がある=単なる角膜の外傷でございました。結膜炎は完治しておりました。

ただし、右目には軽い白内障がでてきているようでございます。これはもう老化ということで、仕方がないですよね。

 

とりあえず痛みに関しては心配することはない。しかし、検査は受けておいた方が良いとのこと。(亡き父のささやきによる)先日の眼科には半年に一度ほどは伺うことにいたしました。診察はスピーディでなかなかよかったです。亡き父の進言どおり、行かなくても治ったのでしょうね。先生のお話によれば「勝手に目が修復している」とのこと。また、亡き父は「この先生が良いよ」とアドバイスまでしてくれています。

 

亡き父のささやき、ここまで的中するとある意味怖いですよ。

 

仕事に関しても、本当に当たっていて、びっくり仰天です。猫目石家では、労働は除外です。加えて、普通のお家のように、準備や策略はわれわれには不向きのようです。一生懸命やればやるほど、うまくいきません。運を天に任せて、直感を頼りにするのが向いています!

 

こーいう星の元に生まれたのでしょうな・・・いい加減な猫目石家の面々、今はどういう風の吹き回しか、昔手がけていた仕事を片付けております。何者かに押されるようにして動いているわれわれ、一体どうなるでしょうな??

峰村澄子作品展Ⅸ

7月21日、東京文化会館小ホールで催されました、作曲家峰村澄子先生の作品展を拝聴してきました。↓ ↓

kawai-kmf.com

 

峰村先生とは、国際ピアノデュオ協会を通してのご縁です。今年から猫目石家はデュオ協会会員になったことにより、先生の作品に興味をもちました。

曲はいわゆる現代音楽の位置付けですが、前衛音楽ではありませんので、人によっては聴きやすいかもしれません。

雅楽の手法が全面に押し出されていました。トレモロ(バッテリー=2音を交互に奏するトレモロ)、グリッサンドアルペジオ多く、誰しもが耳についたことでしょう。フィンランドの作曲家サーリアホ女史もゆっくりとしたトレモロを多用なさる方ですが、使い方が全く違いました。峰村先生の曲において、トレモロ雅楽の揺りという表現法に当たるもの。一種のビブラートと言えましょう。

猫目石一家では、偶然にも日本的な素材で曲を書こうと意気込んでいた時でしたので、さまざまな面で、勉強になりました。当日、あまり眠れずふらふらしていたこと、蒸し暑く、加えて上野は人が多すぎるほど多く、気が遠くなりそうでしたが、無理を押して演奏会に伺ってよかったです。このような体調の中、最後2曲は集中力が削がれて、よく聴けませんでした。しかし、他の曲に、得るものが大きかったので良しとしましょう。

 

全体を通して、時間の流れが違っているように感じました。時の迷路にまぎれこんでしまったような感覚です。古の時代の時間感覚は、現代の時の感覚とは違っていたようにも思いました。われわれが今までに居たことのない空間に放り込まれて、一瞬とまどいましたが、聴いているうちに心地よく受け入れることができてきました。

 

他には・・日本語の言い回しが、音楽として表現されていたように思います。日本語は結論を後回しにしたり、断定を避けようとしたり、白黒はっきりつけないような言い回しをします。欧米の曲であれば、まずテーマがあって(結論を先に言う)展開に入っていきます。こういう音楽の作りに慣れてきたわれわれには、全く違うタイプの音楽だと感じられました。全曲がこのような作りではありませんが・・・

おそらく、時間を経て、このような手法に到達されたのだと思われます。

 

猫目石一家が気に入った曲は、作曲年代が新しい曲。2018年に初演された、月詠 2本のファゴットのための小組曲です。

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2本のファゴットのための小組曲河合楽器の梶村氏と元スタインウェイの後藤氏の演奏でした。バスーンが尺八のような響きを連想させつつ、西洋風の音階を奏でたりと、なかなか面白い曲でした。私は最終楽章が気に入りました。竹やぶを歩いているような雰囲気で、どこからか鳥の声(トレモロ)が聞こえてくる。そんな曲ではないかと勝手に思いました。われわれ、パンフレットをみてから、聴くことはほとんどありません。ですから、作曲家の意図するところは全く違うものであるかもしれませんね。欲を言えば、特殊奏法が入っていればわれわれの妄想はもっと膨らんだかもしれません。

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月詠歌 音の絵と表現すればよろしいでしょうか?音の絵の具による曲。そんな印象です。この絵画がわれわれに無言で語りかけてくるのです。特別に説明がなくても、多くの方が作曲家の描いた風景を感じることができたのではないでしょうか?演奏もよく、疲れているわれわれにも安らぎを与えてくれる音楽でした。堀江真理子さんと河内純さんのピアノデュオでしたが、お二人の息もぴったりでした。

 

他には、わらべ歌によるファンタジアという楽曲。

わらべ歌の自由な変奏でした。変奏というと、西洋風の楽曲を思い浮かべる方もいますが、独自のスタンスにたって展開されていました。日本人が西洋の語法を使って書いたという印象は受けませんでした。譜面を見てませんので、間違っているかもしれませんけれどね。

 

それから音楽とは別の件。峰村先生が今年で78歳にもなられることを初めて知りました。現役で創作活動を続けておられることは、喜ばしいです。猫目石のばぁさんなどまだ60代。この歳でめげてはいけませんな・・・曲を拝聴しまして、ご自身に厳しく、前向きであることを感じました。猫目石一家も大いに見習わなければならないと思いました。そのせいか、ばぁさんは演奏会以来、雑用をテキパキと片付け、早めに寝るようにしております。時間を作り出す必要があると思ったようですよ。限られた時間をいかに濃密に過ごすか、これが猫目石家の今一番の課題ですな・・・