天空の縁側

天空の縁側

作曲家の目を通して、アートや日々の出来事などをあるがままに綴っていきます。

音楽を仕事にするための無料セミナー

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六本木ミッドタウンの公園

私、11月から一ヶ月間かけて、アマチュアのミュージシャンが組織に所属せず、音楽のみで生活していくための(プロになるための)無料セミナーを拝聴させていただきました。アマチュアとタイトルがついておりますが、プロでもセミプロでも、ネットさえあればお話を聞くことができます。

ひところのように、音楽が時代の中心ではなくなってきているために、企業もミュージシャンを育てることができにくくなってきているようです。そのため、かつてのような方法、例えばコンテストに出れば、誰かがみつけて育ててくれるようなことは期待しない方が良いとのお話でした。

またメジャーアーティストでも生活していきにくくなっていること。たとえメジャーな会社からお声がかかっても、CD1枚で終わりというお話は多いこと。

私はマーケティングの基本を知りたくて、全てのお話を拝聴させていただきましたが、非常に良い勉強になりました。個人事業主として音楽活動をやっていくほうがメリットが大きいとお話しいただきました。人に(会社に)頼んで何かをやってもらうことはやめた方が良い。確かに人のことまで親身になって面倒を見てくださる方はほとんどいませんね。会社となれば、自分の都合は通りません。これはもう、過去にたくさん経験してきました。

自立することが肝心であること、よくわかりました。わかっていても動けないのは、具体的方法がわからないからなのです。私もその一人でした。しかし、今回の無料セミナーだけではなく、他の先生の無料講義を拝見させていただいて、芸術でも商業的作品でも一般ビジネスと同じく、マーケティングの知識や技術が必要であることを知りました。

アマチュアミュージシャンの多くが手がけていること。プロも似たようなことをされているようですが・・・高い機材を買ったり、CDを作ったり、ライブをチケットノルマをもたされてやったり、レッスンを受け続けていたりなど・・・これらが利益を生むならば良いのですが、先が見えないのならば、一旦中止することが良いと。

私は大学卒業後、上記のようなことは一度も手がけたことがありませんが、周囲にはこれに似たことをやっておられるプロもいます。ライブをやるたびに電話がかかってきてチケットを勧めたり、自主制作のCDを作っておられたり、どこかでライブをやるので編曲や音録りの依頼を¥3000程度の低料金で突然お願いしてこられたりなどなど。最近はこのような方々とはおつきあいを断絶してしまいましたので、なんの連絡もありませんが・・・

ご自身で道楽として音楽活動をやるならなんの問題もありません。しかし、道楽だと気づいておられない方とつながりをもつこと自体、似た者同士であるのです。全く違う者同士が引き合うことなどありません。かつての私は同じタイプの人間だったのかもしれません。

セミナーでは、商品開発は後回し(曲作りなど)と言われました。しばらくは力の入れどころを変える必要があるのです。仕事を回していくための太い動脈を作るまでは、商品開発は少しにすることです。商品は関心をもってくださる方がいてこそ、売れるのです。この関心を持ってくださる人を開拓することが先である。誰に商品を売るか?これがわかっていなければ、うまくいくはずはない。それには独自の世界観をもつこと、哲学が根底にあることが必須です。

それから・・・

労働と仕事とは違うこと。よくライフワークといいますが、食うための仕事もライフワークも統一しなければ、いつまでたっても労働に勤しむことになり、忙しいだけで終わってしまう。私も無駄な努力から足を洗うために、ある程度楽をすることに決定しましたよ。もう少しで2019年。今から方法を変えていくことにしました。

セミナーは無料の枠で聞いてみて、あとは書籍を買ったり、自分なりにアレンジしてみるのがよいと感じました。具体的にどうするかは、自分の力にかかっていると思います。

ショパンピアノソナタ3番1楽章〜提示部(2テーマへのつなぎまで)

 

概略

前回のお約束どおり、ショパンピアノソナタ3番のスピリチュアル的解釈に音楽的見地を加えて記していきます。この楽曲、非常に難解かつ現代的なのです。枠をはみ出ようとしているだけではなく、音の使い方が昔風じゃないんです。ショパンの醍醐味は小品にありますが、有機的展開が必要な楽曲でも型にはまることなく、すいすいとくぐりぬけて、考えさせる作品にしております。
3番はソナタ形式ではあるものの、多様性に富んでおります。私、かつては頭の中で整理するのに骨が折れましたが・・・最近になって少しづつわかりかけてきました。

前回の記事に書きましたように、ベートーベンのシンフォニー9番の影響が強いのでは?即興的な部分もあるけれど、ピアノで音にした後熟考の末書き上げたのではないか?などと思いをはせるのです。

大作であることと、構成が複雑なため、一記事で書き上げることは到底無理です。1楽章を何個かに分割して、語っていくことにします。

1テーマのあたま

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1テーマのあたま〜譜例1

さて、譜例1は1テーマの頭です。この楽曲を統一する音程、4度 5度 オクターブ、加えて橙の線(内声)部分、連打・・・これらの音程は組み合わさって、革命を思わせるような硬い音色で鳴り響きます。緑の線の部分、16分音符、二分音符と四分音符の組み合わせも重要です。あちこちで発展させて使われています。全体を通して、鋭角的な印象を受けます。特に1小節目の3拍目=Ⅳ度の第一転回は、硬い印象を与えます。

2テーマへのつなぎのはじまり

音源:18”〜

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2テーマへのつなぎのはじまり〜譜例2

 譜例2はe-mollに転調し、いよいよ曲が動き出すところです。普通ならh-mollのままで再びテーマを出し、少しづつ展開していきますが・・・しかしショパンは2テーマまでの間、中間部分でやるような大っぴらな展開を繰り広げます。譜例2は緊張が解け、静かに奏される部分ですので、3拍目には柔らかな和声が置かれています。もし先頭部分と全く同じ和声であるならば、柔らかな表情は出にくいでしょう。

2テーマへのつなぎ〜1〜

音源:30”あたり

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2テーマへのつなぎ〜譜例3

譜例3はfisの音の上で、テーマの頭の部分を使ってクレッシェンドしていくところです。同じパターンを5回繰り返していますね?スピリチュアル的にみれば、5という数字は孤独の暗示もあります。音楽的にみれば、5回でなければ収まりが悪いのでしょう。譜例1では、統一する音程として4度 5度と記しました。ちなみに4とは父や社会を暗示しますので、ショパンは父を亡くし重病になるほどのショックを受けたことが、この楽曲の潜在的部分に現れていたのかもしれません。

2テーマへのつなぎ〜2〜

音源:48”〜

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2テーマへのつなぎ〜譜例4〜

譜例4はこの曲の突出した部分です。h-moll→d-mollという三度転調をやっていること。後に出てくる2テーマの頭を前もって出していることです。しかし、この印象的な部分が曲全体を引き締めていると言えるでしょう。

赤丸は何度も申し上げている5度 4度の音程からなる和声、重音です。d-mollの主音、属音、下属音が半音階のモヤから顔を出す。半音階は心の奥底で蠢く、どす黒いものといった印象を受けます。

下記の譜例5は2テーマです。譜例4と比較してみてください。譜例4から、導きだされているテーマといえるでしょう。

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2テーマ〜譜例5〜

2テーマへのつなぎ〜3〜

音源:1’04”〜

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2テーマへのつなぎ〜譜例6〜

譜例6は2テーマへのつなぎの部分(提示部展開)の最終段階です。赤い線をつけた部分は同音のシンコペーション。左手の合いの手と組み当って緊張感が高まっていきます。このシンコペーションは2テーマおよび、2テーマの展開部分でたくさん出てきます。これは1テーマの1小節目 3小節目の二分音符、四分音符から導き出したと思われます。

2テーマへのつなぎの部分は3部分に分かれています。長大かつ部分部分が魅力に富んでおり、展開部に引けをとらない充実ぶりだと思います。

音源
 


ショパン ピアノソナタ 第3番 ロ短調 Op 58 ディヌ・リパッティ Chopin (Piano Sonata No. 3)

次回は2テーマと2テーマの展開部分+コーダです。

 

戌年は何かの終焉を暗示するらしい〜ショパンのピアノソナタ3番〜

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ピタゴラスの像

2018年は戊戌(つちのえ いぬ)の年です。数日前の日経新聞には、戊戌の年は終焉を暗示すると書かれておりました。60年に一度の星回りだそうです。戌(いぬ)という文字は滅という漢字の元になったとか?今年は終焉 滅亡の年ということになります。

ゴーンさんの逮捕などにもあるように、大企業から個人への流れに変化していくはじまりのときではないかと私は思っています。何かが終焉しなければ、新しいものは生まれません。タロットカードの13番死神(私の持っているジェンドロンタロットには変遷と書かれています)の暗示と同じく、破壊と再生の時かもしれません。

私、2013年に西洋占術を先生について習ったことがあります。今はすっかり足を洗ってしまいましたが、それでも知識だけは頭に残っております。習ってよかったことは、未来はわからないという結論に達したこと。未来はわからないものの、一生の中で出会うべき事柄、人などは決まっていると感じることがあります。未来への道筋は知る必要がないのでしょう。遠い将来のことばかりにとらわれたならば、複雑なあみだくじのように迷路にはまりこむことになってしまう。今目の前にあることを片付けることで大概のことは少しづつ解決すると思います。なんだかわけのわからないことを書いていますが、結局は自分の人生は自分できめろ!ということです。

西洋占術から足を洗ったものの、占星暦は購入しております。下記のショップは投資の本が主流ですが、どういうわけだか、占星暦も置いてあります。残念ながら2019年版は売り切れです。

トレーダーズショップ: Stargazer占星暦 2019年版

ところで・・・

西洋占星術には、土星回帰というポピュラーな出来事があって妙に恐れられておりますね。これは土星の公転周期を元にしているだけで恐る必要は全くございません。土星は29年かけて太陽の周りを一周します。これを人間の年にたとえて、29〜32歳くらいまでとその29年後、58〜61歳くらいまで、長生きの方は90歳前後を指します。父は長生きしましたので、三度土星回帰を迎えて、三度目で天に召されていきました。土に帰ったのですね。今年は人間の年にたとえれば、60歳と同じ意味合いをもっているのかもしれませんね。

29〜32歳くらいで人生の第一回目の結論が出る。転職や結婚、お子さんを授かったり、引越しをしたりなど、今後の29年間の方向づけができるんです。私もこの年あたりに、父の病をきっかけとして商業的作品へと移行しました。で、再び58歳くらいから新たなジャンルへ進むことを決意し、昨年は父を見送りました。(土星=父の暗示もあり)29年前のことが形を変えて起きたといえるでしょう。

60という数字は西洋にしても東洋にしても、特別のものがあるんですね。

それはともかくとして、音楽と数とは結びあっています。

今、何となくショパンピアノソナタ3番をみていまして、この曲に関しては、従来のショパンとは創作方法が大きく違うと私は思っているんです。ショパンはベートーベンを尊敬していたようですね・・・ベートーベンの第九ってありますわね?この頭の部分からショパンは霊感を感じたのではないか?と思うのです。

下の画像だと1分くらいまでの音型で、5度 4度。こちらをあちこちに(もちろんショパンの霊感によって)埋め込んでいるのです。特に5という数字はピタゴラス数秘術術によれば、人間を象徴していると言われております。ショパンピアノソナタ3番においては、5と4にこだわって作曲してます。それも直接的メッセージではなく・・・私がこのように書いても、一体どこがどうなのか、わかりませんわね〜 今後はスピリチュアル的楽曲分析として、ご紹介します。別にスピリチュアルではなく、普通の楽曲分析としてみていただいてもよろしいのですよ。ただ、ショパンの霊感を感じていただきたいのです。それではまたよろしくお願いいたします。

www.youtube.com

 

モクモクから配達してもらいました

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モクモクの地ビール「バーレーワイン」ビール

伊賀の里モクモク手づくりファーム

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私、こちらの会員になっております。月に一度はパン、ソーセージ、果物、ビールなどを注文して送ってもらっています。私は特にビール派というわけではないのですが、モクモクのアンテナショップで飲んでからというもの、どうしても飲まなければ気が済まなくなってしまいました。ついでに他の食べ物も一緒に送ってもらっています。パンもおいしくて、冷凍にして保存してはいただいております。母が施設に入所するまではこちらのパンを食べさせておりました。

地ビール | 直販 - モクモクショップ

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このビールの飲めるショップは東京都内ではこちらにあります。

www.tokyo-midtown.com

気軽に飲み食いできるお店なんで、私よく行ってます。以前リフォームで買い食いが続いて気分が悪くなったとき、最終日にこちらでお弁当をいただいて生き返ったような心地になったことを思い出します。

ただし・・・濃い味付けや添加物入りの味が好きな方には、物足らないでしょうね。ミッドタウン内も色々見ましたけど、こちらか平田牧場虎屋さんか、鈴波という名古屋の粕漬け屋さんに落ち着いてます。しょっちゅう外に出るわけではないから、もう少しバラエティに富んだお店に行けば良いのでしょうけど、ガッカリするのがいやなのです。自宅で良い材料を使って料理していますと、外の材料には敏感になります。大根おろしやサラダなど、つけあわせまで気を配っている店は良いとは思いますが・・・長持ちしませんね。(撤退することが多い)

昨日は、モクモクから鍋料理のだし(尾鷲の青唐辛子を使ってぴりっとしたスープ)と白菜入り生ソーセージとビールとラーメンとパンを配達してもらいました。他に、おせち料理も予約。こちらは施設の母に食べさせるつもりです。

それはともかくとして・・・本日、思いがけない人の訃報連絡がございました。私がかつてO社で長いことお世話になっていた校正の方、1週間ほど前に孤独死されていたとのこと。お嬢様は20分ほど離れたところに住んでおられて、近所の方が発見されたということでした。

このようなお話をきくと、施設で至れり尽くせりの世話をしてもらっている母は運が良いと思いました。お子さん方は、ご実家には一ヶ月に一度程度の訪問だったとのこと。74歳といえばまだまだ生きると思われたのでしょうけれど、老人を放っておくとこのようなことも起きるんだなぁと実感いたしました。

 

嬉しい出来事

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私、最も好きな楽器はピアノなのでございます。以前からピアノの仕事になると、俄然活気づき、嬉しかった覚えがございます。かつては私、商業的作品の仕事も手がけておりまして、仕事の一環としてキャラクターソングCDというものがございました。アニメの声優さんが歌ったり、朗読したりするものです。朗読のバックでは曲を流します。その曲を作ったり、ピアノで弾いたりという仕事もしておりました。

声優さんの付録みたいなものですが、当時はまだ音楽にお金をかけられた時代なので、生のピアノを借りてスタジオ録音いたしました。ベーゼンドルファーでは有名なスタジオを借りていただいた覚えがあります。大変嬉しくやりがいのある仕事でした。

他にもキャラクターソングの仕事で、ある作曲家の方のお手伝いをいたしまして・・・そのときもスタインウェイの置いてあるスタジオを予約してもらいました。でもこのような仕事は続かないものです。だんだんとCDも出なくなってきた境目のような時代でした。確か2006年〜2007年頃のことでしたね。

で、時代は進み、2018年。11月24日にスタインウェイの東京店でとある催しものがございました。国際ピアノデュオ協会作曲コンクール本選会というもの。私、母の介護の傍、密かに出品しておりまして・・本選まで無事に進むことができました。結果はカワイ賞という素晴らしいご褒美をいただきました。

少々出品者を調べさせていただいたところ、大学で教鞭をとっておられたり、オルガニストとして高名な方、ピアニスト、作曲の先生など、それぞれに活躍しておられる方々が多いようにお見受けしました。私は全くの部外者でして、初出品です。

今は、副賞のトイピアノが送られてくるのを、心待ちにしております。

自作品には猫がトイピアノを弾く部分がありまして、シンセ音源だけはもっていました。生トイピアノ+シンセ音源を組み合わせればもっと良い効果が出るのではないかと楽しみにしております。

この催しをきっかけとして、自分の望む方向に180度方向転換することができたことが嬉しかったです。過去8年の試行錯誤と苦労の連続も、実りの時の第一歩を迎えたと確信しております。本当に出品してよかったと感じます。

加えて、あるがままの思想に触れてからというもの、川の流れのように受け流すことができつつあります。今だにあることないこと書いておられる方がいます。以前であれば、多少手を打つこともありましたが、今は関わり合いになること自体、煩わしく思えるようになりました。

今後は新しいステージに向けてこつこつと歩んでいきますよ。なんだかスピリチュアルっぽい言い回しですが、新しいステージという言い回しは気に入っております。

こちらのサイトでは自分語りはほとんどしないつもりでしたが、ピアノへの方向転換ということが、非常に嬉しかったので、書いてしまいました。お目汚しになったことでしょう。読み飛ばしてくださいませ。

 

母の介護2(施設入所まで)


mizuki-shiro.hatenablog.com

続きです。

世話は大変ではあったものの、母の好きな料理を作っては思う存分食べさせることができて良かったと思っています。長い時は2日間泊りがけでお世話をいたしました。食欲が旺盛なのでこのまま施設入所もなく、自宅に最後まで居られるかもしれないと思ったこともありましたが・・・妹の話では、たまにせん妄がみられるとのこと。昼寝をして起きたときなど、自分がどこにいるのかわからなくなるのです。

この状態はもしかしたら、薬の副作用であったかもしれません。施設に入所したとき、かかりつけ医の先生が、「今までの薬を服用し続けることによって、攻撃的な面は抑えられるが、せん妄が起きたり転びやすくなる」とお話されておりました。かといって薬を抜けば、再び攻撃的になり周囲の者がついていけなくなります。難しいところです。

母は車椅子を使わず、なんとか歩いてトイレまで行ったり、キッチンで冷蔵庫を開けて食べ物を取り出すことくらいはできていました。でも普段はずっと椅子に座りっぱなしでテレビをみていました。同じ姿勢を続けることはよくない、とわれわれが注意しても絶対に聞きいれなかったのですが、そのツケが出てまいりました。

身体全体がむくんで足などは象のようになり、尿も出ない状態が続きました。エコノミー症候群というものです。訪問マッサージの先生にもきていただきましたが、どうしても治りません。われわれが「寝なさい」といってもほとんど耳を貸さず、就寝時までずっと椅子に座ったきりでした。

医師の話によれば、寝たきりというのは、母のように椅子に座ったきりの状態が続くことも含むということでした。本格的な寝たきり状態になる前段階だったのかもしれません。

 

そして8月下旬の夜、私が母の家にいるとき、目の前で転びました。エコノミー症候群で足が腫れ上がり、歩けていない状態だったのに、急いだことが原因だと思っています。脇腹を打ちましたが骨折はありませんでした。この日から数日して、ベッドから起き上がれなくなり、寝たきりとなってしまいました。

ベッドには、手すりをつけてありましたので、無理をすればポータブルトイレに座ることはできていましたし、トイレまで歩いていくこともできていました。しかしそれも最初のうちだけ。今度はベッドから滑り落ちて、身体全体を打ってしまいました。

そんな折、以前から利用しておりました↑のささえが非常に役立ちました。母はトイレに行けなくなってしまいましたので、介護士さんにきていただいて、オムツ交換をしてもらうことになりました。身体の向きを変えるとき、このささえが非常に役立ちました。

「ささえ」は2018年5月頃、私が一人で設置したものです。義理兄に設置を頼んだところ電動ドライバーが必要そうだから、無理と拒否されました。しかし、私が試しに挑戦したところ、いとも簡単に30分ほどで、小さなドライバー一つで設置できました。ぐらぐらしたりもしませんでした。ベッドはニトリのものです。天板が木製であれば、だいたい大丈夫だと思います。決して器用ではない人間が設置できてしまうのですから、普通の方(女性)なら楽々つけられることでしょう。

母は寝たきりになりましたが、これが逆に功を奏します。身体の腫れが一気に引いていきました。ただし、腫れ=尿ですので、尿が出っ放しになり、母自身もどうしていいかわからなくなったようです。自分のほうから「施設に行く」と言ったそうです。そのくらい不安だったのでしょうね。

母は要介護2で、訪問介護の場合オムツ交換は1日に2回と決まっています。この回数では到底無理なため、家族がオムツ交換しなければなりません。しかしこれが簡単ではないのです。youtubeでみただけでは難しいです。ちゃんとできていなければ、汚物が漏れることもあります。私もやりましたが、言葉に言い表せないほど大変でした。介護士さんは、匂いなどどこ吹く風といった感じで、テキパキとオムツ交換してくださいます。これには頭が下がりました。大変なお仕事ですのに、楽しそうにやってくださるから、年寄りも気持ちが楽になれるんですよね。

〜続く〜

 

 

 

 

母の介護1(施設入所まで)

2017年3月に90歳で父が亡くなり、母は一人暮らしを余儀なくされました。隣のマンションに妹夫婦がおりまして、食事の世話、掃除などをしておりましたが・・・2018年より足腰が弱り始めました。

漏らすわけではなかったのですが、用心のためにオムツをつけさせ、ポータブル便器(夜のみ)もベッドの横に設置しておりました。3月には要介護2の判定をもらい、4月からはケアマネさんについていただきました。同時に訪問介護を受けるようになり、介護士さんにお風呂に入れてもらうようになりました。

母は認知症を患っております。一見普通なのですが、感情の変化が激しく、同じことを何度も繰り返す。そのため、一緒にいるとこちらが非常に疲れるのです。妹は隣に住んでいながら同居することはなく、母の住まいに泊まりに来ることもない状況でした。妹も体調がすぐれないために、ある程度距離を取る必要があったためです。

電話も頻繁でして、おそらく認知症のご家族の方は思い当たるフシがあると思うのですが・・・夜と昼の区別がつかなくなり、朝の5時に夕方だと思って電話をかけてきたことも何度かありました。今、何時なのか?認識させるために、私は日付と時間と曜日が出るデジタル時計を買いました。母は緑内障でもありますので、黒に赤といったはっきりした色分けでなければ、時計が見えません。小さな文字でもだめなので、大きな文字という条件も必要です。そこで、下記の時計を購入しました。

 

 上の時計の文字ですが、実物は写真よりかなり大きいです。唯一の難点はコードレスではないことです。この時計を買ってからというもの、母は「今何時?」と電話をかけてこなくなりました。

 

4月からは週に一度、私が泊りがけで母の面倒をみることになりました。単に母の家に行くだけであれば楽なのですが、食べられるうちにおいしいものを食べさせておこうとの思いから、手に入る食材で最高の品を吟味し、宅配便で送る作業もありました。また、漬物が食べたいといえば、自家製のぬか漬けやたけのこの奈良漬を持って行ったりなど、手間がかかることは多々ありました。

母の家に着いたら、まずトイレ掃除です。便器を汚すことがあったので、トイレの蓋の確認作業から入ります。次にポータブルトイレの汚物を捨てること、洗濯などやることが目白押しでした。

母の住まいから私の自宅までは同じ東京都とはいえ、1時間半はかかる距離です。おまけに母が午前中の決まった時間に行かなければ、「来ない、来ない」といって妹のうちに電話を何度もかけますので、前の晩2時頃まで作業していても、あまり寝ないで出かけることがほとんどでした。

また、認知症だけではなく、不安神経症的な持病をもつ母は、ご飯を食べている途中で意識を失ってしまったり、手のかかることこの上ない状況でした。下の階にかかりつけ医に、なんども往診していただきました。

私も最初のうちは我慢できたのですが、ストレスからか蕁麻疹が出たり、腕に激痛が走りまして、そのまま2ヶ月ほど治らなかったこともあります。この状態がいつまで続くのか不安に思う毎日でした。

母は緑内障で片目を失明しておりますので、鍋物なども自分でとることができません。食器にとって、食べさせておりました。私はかなり我慢強いほうだと思います。それでも腹がたつことは多々ありました。

自分のやりたいことは何もできない状況でしたが、時間を作りつつ作品を書き進めました。親のために人生を棒に振ることはしたくなかったです。

〜続く〜